パンデミックからこっち笑い飛ばすべき現実は一層、深刻となって、結局のところ『DEATH TO 2022』は配信されることなく2022年は終わる。人間界での扱いはどうあれ感染拡大の影響はその社会に澱のようにとどまり、地球温暖化は、酷暑と極寒をもたらす大規模な気候変動としてあらかじめ予想された通りに現実化し、残り時間が少ないことを知らせる。前世紀に立ち戻ったかのようなヨーロッパでの戦争が終結する気配もないまま、これから先の2023年は深刻な景気後退に陥ることがほぼ確実という時間帯にある。
この年の5月、かねて楽しみにしていた『シン・ウルトラマン』を観るために2年ぶりに映画館まで出かけ、日常が徐々に正常化に向かう気運が垣間見えたこともあったのだが。
シン・ウルトラマン
『シン・ゴジラ』と『真田丸』と『逃げるは恥だが役に立つ』はいずれも2016年の作品で、『シン・ウルトラマン』と『鎌倉殿の13人』と『エルピス -希望、あるいは災い-』によって2022年は奇跡のようなその年の再来がなったとみえなくもない。そうであれば、MVPは3作を制覇した長澤まさみ、2作において重要な役割を果たした山本耕史ということになるだろう。
空想特撮映画との銘打たれた冒頭の90秒、「禍特対」設立の経緯を『ウルトラQ』になぞらえて語る本作は「外星人」が政治的手法で浸透しようというあたりに物語上の眼目があって、しかしプーチンが昔ながらの侵略戦争をおっ始める現実に置き去りにされた感があるけれど、山本耕史のメフィラス星人という異次元の説得力によってこれは成立していたと思うのである。
ハケンアニメ!
『ハケンアニメ!』も劇場に観に行き、ここでは吉岡里帆のよさに開眼したわけである。この映画は全体にキャスティングが優れていて、特に柄本佑は原作のイメージを上書きして、これを上回る魅力を表現していたと思う。
「覇権アニメ」なるコンセプトはバトルものとしての体裁をとるための空想的な設定に過ぎないが、これを消化するための全体のリアリティが、ネットと風刺的な現実、制作現場という三つレイヤーを重ねることで立ち上がってくる映画の構造には感心した。
グレイマン
配信のオリジナル作品としてはマーク=グリーニーの小説を映画化した『グレイマン』が傑出したスケールを実現して見応えがあった。話の筋は『暗殺者グレイマン』から借りてきているところが(僅かに)あるとしても、ライアン=ゴズリングは原作のジェントリーとは全く異なるキャラクターを確立し、新たな通り名となったシックスはもしかしてジェイソン=ボーンの正系といえるのではなかろうか。
マリグナント
サイコホラージャンルの演出の方法をトリックに使い、これをフィジカルに上書きして観客を驚かせようという『マリグナント』だが、原案のジェームズ=ワンの目論見通り、あっと驚いたものである。ネタが勝負という雰囲気はあるとして、警察署を舞台にしたクライマックスには十分に舞台的な盛り上がりもあって、映画としての語り口はよく出来ていたと思うのである。
Mr. ノーバディ
ジャンル映画としては『Mr. ノーバディ』が正しい作法を示していたと思う。デレク=コルスタッドは『ジョン・ウィック』の脚本家でもあって、このところの流行りであるオールディーズをBGMに使うアクションを、最も効果的に使っている作品のひとつであろう。この続編の脚本が書かれているということだが、それは悪い癖だと思わなくもない。
その瞳に映るのは
ナチス支配下のデンマークで起きた寄宿学校への誤爆を題材にした『その瞳に映るのは』を観たのは、ウクライナのルガンスク州で学校が爆撃を受けたというニュースのすぐ後で、その共時性に震撼したのだが、偶然の一致というより、あまりにもありふれた人間の愚かさが同じ悲劇を幾たびも繰り返すに過ぎないということであろう。いうまでもなく。映画そのものは、緩急ある構成で世界の複雑さを感じさせて、たいへん見応えがある。オーソドックスだが優れた映画表現をもっていると思うのである。
窓際のスパイ
ドラマシリーズとしては、Apple TV+の『窓際のスパイ』が非常によい出来で、これまでにも何度か言及している通り、原作であるミック=ヘロンの『SLOW HORSES』と比べてもエスピオナージュとして好ましい雰囲気が漂っていると思うのである。オープニングタイトルに流れるミック=ジャガーの『Strange Game』もこれを補強する。
ウ・ヨンウ弁護士は天才肌
昨年末からの『その年、私たちは』に熱中して『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』を観た以降、韓国ドラマに満足してしまったようなところがあって、このところ遠ざかっている。『ウ・ヨンウ弁護士』に匹敵する面白さがあるものというのは、いかに韓国ドラマとはいえ、やはりそうそう存在しないということなのである。続編の話もあったけれど、2024年となるようなので、かなり気長に待つ必要がある。
石子と羽男
弁護士もののドラマでは、本邦にもよい出来のものがあって、塚原組の『石子と羽男』は負けていない。ジャンルものとしての定型はあるとして、キャラが立ち、エンタメと弱者を捨て置かない生真面目さをともに内包しているあたり塚原あゆ子のドラマという感じが滲んで、作家性すら感じたものである。そして『ハケンアニメ!』と本作によって、中村倫也のよさに気づいたようなところがある。
平家物語
アニメでは『チェーンソーマン』のシーズン1も面白かったけれど、やはり『平家物語』だろう。美しく、アニメーションに期待したい演出的な企みがあり、平曲を使った場面の劇的な効果にはこの表現でしか実現できない高い格調があって、なお面白い。
『鎌倉殿の13人』と重なる時間軸を扱っていたことで物語の立体感はいや増し、パンデミックによって続く閉塞の状況で、この年の時空感覚を豊かにしてくれた創作の一角にあって大変、ありがたいものだったのである。そして羊文学による主題歌『光るとき』を繰り返し聴いた。
鎌倉殿の13人
毎週を楽しみにした時代ものの大河ドラマというのは『おんな城主 直虎』以来ではなかろうか。あれはあれで、ほとんど主役交代みたいな構成もあって展開のわからない話に面白味があったけれど、比較的に史料の豊富な北条の勃興を家族の物語として扱い、鎌倉幕府という行政システムの成立過程を通じて、第1回に登場したあの若者が、最終回で辿る末路に不自然さを感じないグラデーションで描き切ったのは、やはり大した仕事だったと思うのである。
封建制の実態がほとんど出てこない物語ながら、坂東彌十郎と片岡愛之助による家父長制が変容していくことで、ある種の歴史パターンを認識できるという仕掛けには感心したし、何しろ坂東彌十郎の時政は良かった。
そして新垣結衣の八重である。『真田丸』と『逃げ恥』を生んだ奇跡の2016年の記憶を煮詰めたようなドラマでもあって、今際の際の義時のセリフに我が意を得たりと思ったことである。
エルピス -希望、あるいは災い-
『エルピス -希望、あるいは災い-』では通常のテレビドラマでは使わない機材を投入して画面のクオリティを格段に向上させるという努力が投じられているそうである。この撮影の質は、世界標準で戦える作品とはどういうものかということを教えてくれたという点でメルクマールとなるのではなかろうか。
報道と政治、司法の腐敗に取り組もうという脚本の志はまず、いうまでもなく高く、この時代に惑う人間が、どうしたらよいのかということをさまざまに読み取ることができるドラマなのである。わからないことを肯定的に捉え、善か悪かではなく、どうありたいかを考えるということは、2023年を生きる我々にとっての指針となり得る。
あまりにも感心したので、脚本の渡辺あや、プロデューサーの佐野亜裕美、監督大根仁のインタビューも仔細に読んだのだが、宛て書きであって不思議はないほどに馴染んでいた眞栄田郷敦のキャスティングは、目力のある俳優を探し求めた末の成果であったことを知って膝を打つ。ドラマの初回で強烈に印象に残ったのは、しょうもない男の圧倒的な目力を押し出した、ふざけた存在感で、この役者を知ったことは2022年の大きな収穫のひとつだと思っているのである。