『ケイコ 目を澄ませて』を観る。2022年の収穫との呼び声高く、岸井ゆきのが多くの映画賞を受賞した映画。耳は聴こえないけれどプロボクサーとなった小笠原恵子選手の自伝に着想を得ているという話だけれど、三宅唱監督は16mmフィルムを使って撮影を行い、映画の歴史を遡るような画面を作っており、まず映像に見応えがある。時に無声映画のようであり、時には字幕を使い、ある場面は手話にあえて字幕をつけず、音とセリフがあることが前提ではない物語が進行する。アナログ撮影の難しさはあったはずだが、であればこそ画面は美しく味わいがある。
マスクによっていろいろなことが断絶された2020年12月の状況と、主人公が聾者であるという設定をうまく使って、社会や他者との関わりを考えることになるエピソードが幾重にも織り込まれている。ボクシングは主要な題材ではあるけれど、生じている関係性を前面に描く映画で、その手並みは素晴らしい。主人公に職務質問をしてきた警察官が、耳が聴こえないことを知ると試合で顔を腫らしているのも見て見ぬふりで歩み去る河川敷のシーンには、思わず驚きの声が出たものである。これは間違いなく、今の時代の映画だ。
冒頭近くから、岸井ゆきのがコンビネーション練習をする場面が何回かあるけれど、この小河ケイコがボクサーにしか見えず、三浦友和が会長を務める荒川拳闘会が失われていく場所にしか見えず、終盤にかけての感情曲線の描き方も実に立派な仕事になっている。人生は深く長い川という言葉を視覚化したようなエンドロールのラスト、微かに被せた縄跳びの音に至るまで、これはよく出来ているというほかない。