長徳の変

藤原道長がやけに善人として描かれている『光る君へ』だけれど、一方の藤原伊周はいいとこなしという扱いの長徳の変を経て、女房たちの地味な存在感がクローズアップされる展開に物語としては俄然、面白い感じになっている。権謀術数が渦巻き、呪詛が力を持つ時代。女房たちを指揮する倫子の格好良さよ。システムが存在して、機能する様子として描かれるのが殊の外好きである。

杉咲花の撮休

『アンメット』の第5話から、『杉咲花の撮休』を観る。もちろん杉咲花その人の追っかけをしているのだけれど、すでに分厚いキャリアのある役者なので作品には事欠かない。そしてあらためて確認すると、どれも素晴らしい仕事なのである。

いつの間にか『撮休』がシリーズ化されている。杉咲花のこれも、言ってしまえば他愛のない日常の掛け合いが面白いのだけれど、時に異様なテンションに転調して面白い。

パーセント

『舟を編む』と同じNHKドラマの枠で、新たに伊藤万理華主演のドラマが始まったので、これは観なければなるまいと思っている。障害者を主人公にしたドラマを制作する主人公というメタ構造の話だけれど、これもまた、アップデートされるべきマインドセットをきちんと批判した脚本で悪くない。大阪府を逢阪府とする類の改変は何のためにやっているのだという気がしなくもないのだが。

イコライザー THE FINAL

『イコライザー THE FINAL』を観る。今回はいつもに比べてだいぶ画面が暗い印象で、イタリアを舞台としているのも趣向が異なるようだと思っていたけれど、監督は変わらずアントワーン=フークワで、話の筋も実に『イコライザー』らしい。THE FINALといいながら、この調子でさらに続いても不思議はない感じ。もちろん、お約束を楽しむ類のジャンル映画であるからには、これが正解であるには違いないし、意外に楽しめたのである。

この日、太陽フレアが連続して発生した影響でロンドンなどの低緯度地域でも、さまざまにオーロラが観測される。地磁気嵐による影響は限定的ではあろうけれど、神秘的であってもどこかしら不穏な感じもするのである。

アーガイル

『アーガイル』を観る。『キングスマン』のマシュー=ヴォーンの新作スパイ・コメディ。予告編とは全く違う方向に話が進むのはいいのだけれど、この世界観では、それも含めて予定調和という気がしなくもない。全体に大味であるのは作風というものだとして。クライマックスのアクションの馬鹿らしさは、かなりのものである。あからさまにCGを多用した場面なので、いいぞ、もっとやれという気分にはならない。身も蓋もない話だが、139分もの尺も、たぶん90分くらいに収められたのではなかろうか。

オルソ

『シン・ゴジラ:オルソ』を観る。Amazon Prime Videoは『ゴジラ -1.0』が配信され始めたのにあわせて歴代ゴジラの布陣も補強しようという豪気な振る舞いで、実は『ゴジラ -1.0』のモノクロ版の『ゴジラ -1.0/C』も同時配信になっている。『オルソ』は『シン・ゴジラ』のモノクローム版だけれど、カラーグレーディングの様子もいい感じで、その名の通り、正統の怪獣映画という雰囲気を醸して心意気がいい。

この物語は何回も観ているけれど、フクシマの原発事故にかかわる記号のインパクトは往時よりやや薄れ、加齢と忘却を自覚せざるを得ない。コンクリートポンプ車と避難民のリアリティは、かつてもっと切実に感じていたはずである。そして現実にはフクシマの惨状はほぼ何も変わっていないにもかかわらず。

終末のフール

Netflixの『終末のフール』を最後まで観る。もとより、避けられない破局をどのように迎えるかという原作なので明るくなりようもないのだけれど、韓国を舞台に翻案したこの作品は児童虐待やあらゆる種類の詐取、搾取が重要なプロットポイントとなっている。韓国の社会的な関心に寄せて編まれたストーリーで、キリスト教の存在感の大きさもそれゆえのものであるには違いない。悪くはないのだが、伊坂幸太郎っぽさは最小限という気がしなくもない。