古書の来歴

記憶は繋がっている。『ステーション・イレブン』を思い出したことで、当時読んでいた『古書の来歴』を再読したくなって、これを探したのだけれど、既に絶版らしく、古書で買い求めたのである。『古書の来歴』だけに。

そのこと自体はよくあることだが、ほんの10年前、権威のほどはわからないけれど、翻訳ミステリー大賞をとった作品がその状況で、本邦の翻訳出版をめぐる状況は改善の兆しを見せることなく、継続的に悪化しているとしか思えない。円安の状況において買付と出版の採算も悪化し、インターネットを通じて機械翻訳の情報が拡散する世界では、質のよい翻訳は速やかに駆逐されるであろう。

構造的には人口減少によって日本語の話者すら漸減し、教育の退廃と教養の衰退によって本邦は知識経済の辺境となる運命である。世界の文脈から外れ、国自体が買い叩かれる安い国となって、それゆえに観光産業が隆盛する衛星国化は既に始まっているが、それを嘆くものは少ない。

最後の宇宙飛行士

ハヤカワの新刊『最後の宇宙飛行士』を読み始める。宇宙開発の熱狂を挫く火星探査計画の失敗あと、悪化する生存環境と人類の閉塞を感じさせるやや暗い未来、自発的に制動する天体が太陽系に向かっていることが発見される。2017年の恒星間天体オウムアムアも想起させるこの序盤、ハードSFとしてのヒキも雰囲気も十分という感じなのだけれど、惹句には「ファーストコンタクトSFホラー」とあって期待は高まる。

『ワールドウォーZ』(今となってはこのタイトルは黙示のようだが)みたいなオーラルヒストリー体のフィクションが大好物なのだけれど、本作もそれに近い断片が幕間におかれる『巨人計画』風の演出で、顛末が『エイリアン』でも『イベント・ホライゾン』でもそれなりに盛り上がるのではないかと思うのである。期待しつつページを繰る。

ながたんと青と 八

本日発売、『ながたんと青と』の8巻を読む。全7巻だと思って夜なべして読んだら「つづく」となっていた前回の続き、ひと山ふた山あってそろそろハッピーエンドの形を整えてくるのではないかと予想していたこの戦後ロマンスは、新たな登場人物も迎え第2章という雰囲気でまだまだ終わりそうにない。もどかしさの狭間でどれだけ話を引っ張るのかという展開で、韓国ドラマでいうなら第6話くらいの様子なのである。引き続き面白いので、いいけど。

長野県の新規感染確認は、今週に入って過去最高をたびたび更新して1日あたり800人を超えるようになってきている。足下では1年延期されていた善光寺のご開帳や諏訪地方の御柱祭が行われているので、心あたりが多すぎるほどなのだが。

宇宙年代記

小説というのは長ければ長いほどいいという流派があって、どちらかといえばその思想にシンパシーを感じるほうだから、電子書籍でも全巻合本版にはつい手が出てしまうのだけれど、Kindleのセールを眺めていると光瀬龍の『宇宙年代記 合本版』があったのでこれを買い求める。短編25本と『東キャナル文書』『喪われた都市の記録』の長編2本を収録して、文庫なら1,500ページを越える分量だが、そこは電子書籍のよさがある。角川文庫でまとめられたのは5年くらい前のことらしいが、電子の海の向こうの事象を見通すのは容易なことではない。知らなかったのである。

冒頭から宇宙の荒涼とスケールを感じさせる筆致の物語で、読んだことがあるはずのあれこれを思い出しながら読んでいるのだけれど、まずあらかた忘れている。幸せなことである。

プロジェクト・ヘイル・メアリー

少しずつ読むつもりだった『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は上巻後半からの展開が面白過ぎて結局、年明けと同時くらいに読み終えてしまう。アンディ=ウィアーは天才であろう。『火星の人』を楽しめるひとには全力でおすすめできる内容だが、いかなる情報も入れずに読んだ方が絶対にいい。Hail Mary passがアメリカンフットボールでは試合の最後に投じる苦し紛れのパスであるということを初めて知ったのだけれど、この小説自体は極めて大きなスケールで細部まで周到に組み上げられたもので、その構想に感心しきり。

COVID-19の感染確認は全国で再び拡大に転じ、休日効果も関係なしにコンスタントに増加が積み上がる局面に来ている。すでにオミクロン株は主要都市には広がっていると考えられるが、遅行する入院者数などの顕著な増加はまだ見られない時間帯にあり、火の手と映るのは休み明けからしばらく経ってということになるだろう。

ブロジェクト・ヘイル・メアリー

『青天を衝け』の最終回を観る。今年の大河は視聴習慣だけで観続けたという感じなのだけれど、終盤は吉沢亮がぜんぜん老けていかないのが面白くてある意味で目が離せない展開。喜寿を越え、91歳で没するところまでが描かれたけれど、このあたりの演出は大変だと思うばかり。孫の敬三視点からの語りでフィナーレらしい雰囲気のある最終話となったが、これを演じた笠松将がちょっといい。

もうすぐ本年の営業も終了なので、年末に向けて『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読み始めている。『火星の人』のアンディ=ウィアーの新作なのだが、主人公が物理学の基本的な素養を応用して謎を解明してく展開は、この処女作の面白さを想起させる展開で序盤から期待は高まる。『アルテミス』はいまひとつ乗れないところがあったのだけれど、過去の経緯のフラッシュバックを使いながら状況を説明していく展開もいい。映像的な面白みもあって、このまますぐにでも映画化されそうな雰囲気がある。もったいないので序盤は『NOISE』と平行で少しずつ楽しむつもり。

注文していたM1 ProのMacBook Proが届く。発注からほぼ3週間というところだけれど、電子部品の逼迫と物流の混乱を考えると、さすがにAppleは強者である。当方の使い方ではM1 MacBook Airが最適解であることは間違いないとして、若干リバイバル感のある弁当箱スタイルの新デザインが好きである。

異邦人の虫眼鏡

その長い待機については半年に一度くらい言及していると思うのだが、予告された『図書館の魔女』シリーズの新刊『霆ける塔』を待って既に5年、公式アカウントが令和元年と言ってから3年、2022年も終わろうかというこの日、『別冊文藝春秋 電子版』で連載2回目となる『異邦人の虫眼鏡』を読む。フランスの大学都市トゥールで、パンデミックのあとに一軒家を借りて農村の生活を送る作家の、1回目は庭の草木、2回目は自家製和食材についての博覧の記録で、まずその内容は面白いのだけれど、家主には執筆がすすんでいるかと問われて嘘を吐いたという一節があって、おいおいとなる。その諧謔がいいのだということは理解するとして、我々はあと幾つの夜を越えなければならないのか。

家人についてのささやかな言及は新鮮で、いくつか載せられた庭の花の写真については撮影者としてきちんとキャプションをつけているあたり、学究の人らしさがあって好ましい。