『セントアンナの奇跡』を観る。スパイク=リーが第二次世界大戦に題材をとり新境地を拓いたという触れ込みの映画で、尺は160分に及ぶ。これまで概ね無視されてきた黒人兵の第二次世界大戦を描くという意図は明確である。加えて、そのタイトルが示すとおり、奇跡に関する映画でもある。やられたらきちんとやり返す、いかにもスパイク=リー的な従来の文脈も繰り返し現れる。そういうわけで、この160分はいくつものテーマが詰め込まれた結果であって、かなり見応えがある。
まず、東京ローズならぬアクシス・サリーのスピーカー放送をBGMとして戦われる奇妙な渡河戦がある。友軍に見殺しにされる中隊を『プライベート・ライアン』以降、当たり前となってしまったリアリズムで描いているが、重要なのは河を流れる戦死者が例外なく目を見開いていることであり、これが重要なアイテムとなるプリマヴェーラの塑像を連想させることである。作中の人物トレインがラッキーチャームとして持ち歩くこの塑像の頭部は、どうやら死者そのものを象徴しているようだ。
人間の営みは誤解と行き違いに満ちていて、奇跡はそうと知らされず立ち上る。スパイク=リーの描く奇跡は、人が知ることがないというあたりに特徴があって、その人々は、神がいるならばこの争いに満ちた世界を許しているはずがないと嘆くばかり。神の声が聞こえれば神の言葉がわかる、というくだりが逆説的にこの不可知構造を語っている。そんなわけで、当然のことながら、みんながびっくりというような奇跡はこの映画には登場しない。まじないの類を試みる一方で、あるいは争いの場で、しかし現出している奇跡に気がつかない人々というような構図が極めて絵画的に描かれ、全体に奥行きが加わっている。奇跡こそ人生で唯一確かなもの、というラストはわかり易いのだが、主題が語られているのはそこでばかりではないのである。
動機不明の殺人事件から物語は始まるのだが、全編が謎の解明を推力としていることもあって、再見して腑に落ちるというところも多く、二度観るべき映画であろう。320分の価値はある。