『前夜の航跡』を読んだのである。このタイトルはいい。今年度のファンタジーノベル大賞の受賞作で、ワシントン海軍軍縮条約批准から数年の帝国海軍を舞台としている。作者は『坂の上の雲』に感銘を受けてこのあたりの関心を深めたという話だが、友鶴事件や第四艦隊事件といった歴史上の海難事故を扱って、うまくドラマを構成している。海軍軍縮条約は日本と海軍にとって理性とセンスの勝利といえるが、やがて大東亜戦争に至る方向も見え始める時期であって、物語にとっては興味深い時間帯であろう。
同じファンタジーノベル大賞受賞作でいえば『天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語』のような雰囲気をもちつつ、司馬遼太郎というよりは奥泉光に近い印象でよく書けている。と思っていたら、作者が女性だったのに気づいてこれには驚いた。へぇ。いや、他意はないですけど。