もともと桜庭一樹が時代小説をどのように書くかに興味があったのである。『赤朽葉家』で遡っても大正ロマンというところ、江戸時代をどのように料理しているかというと、かなりの自然体で、意外ではないが驚く。
モチーフのほとんどは実は西洋的な物語のそれが援用されている。驚いたことに姫が幽閉されるのは天守閣である。本邦の伝統によれば地下牢であろう。江戸の地下にクノッソスみたいな迷宮がある。異界が森として存在する。もとより、「伏」はウェアウルフに近い。端的には、地の文に書かれる神のコンセプトが明らかに一神教における神のイメージであって、ことほど左様に自由に描かれているのは作者の意図によるところだろう。したがって、時代ものとしての香りはほとんどなく、愛好家の反発は買いそうだが、物語の結構はどっしりとしている。