記者会見

ニコ動で東京電力の記者会見の様子を見ていたわけである。会見は2時間に及び、それをもとにしたニュースに接するという転倒した流れを体験すると、こうした状況下の報道というものを考える上で実に興味深い。メディア論あるいはジャーナリズム論にも多くの材料を提供するとみえる。今はそれどころでないにして。
たとえば1000万倍という誤った数値が発表され、それが報道された遠景には、そもそも提供されたデータにどこで、どのようにとられ、どういう加工が行われたかという主要な周辺情報がみられないという問題がある。これに核分裂反応に関する基本的な知識をもたない記者、発表を行わなければ行わないで叩かれるという事件当事者としての学習効果、言質をとりにいくという基本的な取材スタイルなど、様々なレイヤーでの要素が作用しているのであり、ことは混乱しているという現下の状況に帰するだけではすまない。ここには一定の法則があり、合理的な帰結がある。したがい、この構造を分析し、真因に近いところに手を打たなければ、過ちは繰り返し報道されるであろう。