『ヴァルハラ・ライジング』を観る。『ドライヴ』のニコラス=ウィンディング・レフン監督が北欧神話を題材にした映画で、マッツ=ミケルセンを主人公に据えた映像は強いコントラストをもち荒々しい。ワン・アイと呼ばれるこの主人公はついにひと言も言葉を発することがないのだが、隻眼であるところがオーディンそのものを連想させ、恐らく制作の意図もそうしたところにある。オーディンがオーディンに生け贄を捧げるという、わかりにくい逸話そのままの構造をもつ話で、映像は美しく、音響も優れているにして、話の後先で納得するような映画ではないということであろう。雰囲気は十分にあるので、そうはいっても楽しめる。マッツ=ミケルセンは『カジノ・ロワイヤル』の崩れることのない能吏顔の悪役とは全く違った印象で、芸域の広さを感じさせる。またしても、言葉通り、ドタマをかち割るというアクションがあって、ニコラス=ウィンディング・レフンというひとの暴力性には特定の偏りがあるような気がしなくもない。