『ゼロ・ダーク・サーティ』を観る。
キャスリン=ビグローは基本的に真面目な監督という印象があるので公開当時、オバマ大統領再選に向けたプロパガンダという批判がされていたことにはちょっと違和感があったのだけれど、出来上がったフィルムはプロパガンダとも賞賛とも程遠く、ビンラディン殺害が描かれているには違いないにしてSEALSの精鋭DEVGRUの作戦というにはあまりにも泥臭く映画的な演出は排されているし、そうはいっても伝えられている話と齟齬の生じている経緯があったりするのでどのあたりが事実かはよくわからないところがあり、少なくとも機密情報を入手して映画に反映したと批判された点はかなり怪しいと思わざるを得ない。政治的な意図があったとしても観客は自己の文脈で事件を解釈することを要請されているので正史を捏造しようというものとも少し違うし、それなりのバランスを成立させた上で上質なフィルムになっている。
たとえば、最後のカットは主人公マヤのバストショットとなっているが、顔の微妙な角度とその表情は、どこか殺害されたカリスマそのものを想起させ、「人を呪わば穴二つ」という言葉を連想せざるを得ない印象で高揚感とは無縁だけれど、この微妙な感覚は監督と脚本、主演のジェシカ=チャスティン三者の卓越した仕事であり、いろいろ深い。
ジェシカ=チャスティンその人は、もとから細身であったけれど、本作ではちょっと心配になるくらい痩せていて、これまでとは全く異なるキャラクターを熱演しており、キャリアの中でもベストアクトと言えるのではないか。
かつて映画では領空侵犯というのは一大事でありその葛藤だけでも一編が撮れたものだが、本作は大統領の存在を遠景に封じた結果としてパキスタンの主権はあっさり無視されることとなり、米国の組織的な傍若無人はいかがなものかという感じがあるのだけれど、もちろん単に演出の問題にあらず現実にヘリが飛んで作戦が実行されているのだから、さきに暴露された通信傍受などは当然のようにやるだろうと妙に納得する。