『ニーチェの馬』を観る。ニーチェが発狂した契機として伝えられる馬と御者のエピソードにインスパイアされたという話で、構えも気難しいモノクロ映画であれば2011年産というのに最初から最後まで懐かしい芸術作品に仕上がっている。カメラの動線はやけに近代的で無論、懐古趣味の映画というわけではないものの。
154分の長尺でありながら舞台は荒野の一軒家をほぼ動かず、登場人物も年老いた農夫と娘の二人きり。セリフも最小限なのだけれど、風は砂埃を立てて吹き止まず、長回しのカメラは動きをともなってフィルムに画を定着し、画面の一回性は念入りに演出されていて、そう思うと奥行きもでてくる種類の映画で明らかに観客を選ぶ。特に事件が起きない長回しに観入ってしまうのは画面そのものに力があるからで、もちろん簡単にできる仕事ではない。
どうやら終わりつつある世界の、日常と見分けがつかない終末。ミニマルでありながら何ひとつ同じではない反復世界の6日間だが特に難解というわけではないのでこの手の作品が好きな向きにはお勧めできる。