『ハンナ・アーレント』を観る。イスラエルでのアイヒマンの裁判に接して、その「悪の陳腐さ」を発見したハンナ=アーレントとそのニューヨーカーの記事が巻き起こした論争を描いている。題材は『スペシャリスト』と同じだが、アイヒマンを想像力の欠如した官僚と見做すことに対するユダヤ人社会における拒否反応まで描いておりドキュメンタリーとは射程が異なる。実際の映像を使いながら女優の演技を織り交ぜる表現はありふれてはいるけれど効果的。悪は根源的なものではなく、反ユダヤの深い憎悪に根ざすものでもなく、表層的で安易で単純であるからこそ恐ろしいという感覚と、そうした見方への拒絶反応を端的に描いてわかりやすい。ユダヤ人指導者に関する記述という、より俗っぽい反発が事態を増幅したのも実際そうだったろう。
こうした人の営みを透徹した思考で理解する姿勢は今日の日本においてこそ重要なのであって、いろいろと考えさせられる。クライマックスの講義は圧巻であり説得力のある警鐘となるであろう。