というわけで『鹿の王』は、不思議はあっても魔法はないファンタジーの傑作であると同時に、医学サスペンスとしてもよく出来ているのだけれど、エボラ出血熱の封じ込めが成功していない時間帯に読む内容としては単にファンタジーと捨て置けない文脈も内包している。天然の生物兵器としてのエボラは遠からずテロリズムの道具として使われるであろうと、ふいに確信したのも小説の説得力によるところが大きい。アフリカと中東で米軍が行っているのは同一の作戦の両面であって、とうに陸海空の全軍展開状態にあるという妄想にも妙なリアリティがあって、何だか薄ら寒くなったのである。