くちびるに歌を

『くちびるに歌を』を観る。新垣結衣のコメディエンヌとしての素質は抜群というべきだと思うけれど、ツンデレの系統も多くて、これは後者。しかもデレ要素はほとんどない部活もの。お前らガッキーのこと全然わかってないな。
五島列島の中学校に臨時教師として赴任したピアニストが合唱部の生徒たちとの交流のなかで自らの傷と向きあい、生徒たちもそれぞれ成長するという話。アンジェラ=アキの『手紙 〜拝啓 十五の君へ〜』をモチーフとした原作は中田永一によるものだけれど未読。中田永一が乙一の別名義となれば、物語は単に悲劇と不遇を並べたものであるはずはないし、ストーリーの編み目にささやかな奇跡が立ち上がっていくあたりも、もう少し鮮やかなものなのではないかと思うのだけれど、映画では登場人物の抱える葛藤の立体感が希薄で、前半のうち設定だけで泣かせようとしているのではあるまいかという疑いが生じてしまうので、ちょっと素直になれない。
とはいえ、もう一方の主役というべき生徒たちも存外によく、サトル君には邪心などあろうはずもないので、やっぱり泣く。子供と動物には手もなくやられる方である。
いちばん好きなのはベートーヴェンのピアノソナタ第8番第2楽章をBGMにした屋上のシーンで、五島列島と水平線の広がりを背景に、15歳の慟哭を表象する『悲愴』の尋常ならざる美しさに震える。だがしかし、朗読までかぶせるのはやりすぎというものではなかろうか。
そのカットも、ラストの笑顔のカットも、意表を突くほど短くて、そういえば全体に肝心なところをわざわざ外しているのではないかとすら思えるのだけれど、これはどういう考えによるものなのだろう。

冬