米原万里の『オリガ・モリソヴナの反語法』を読んでいるのだけれど、チェコのソビエト学校で学んだ著者の実体験をもとにして、スターリン時代のドラマに遡っていく謎解きはとても面白い。
物語の核には当たり前のように、NKVDによる一般市民の監視と粛清が引き起こす悲劇があるのだが、様子は『チャイルド44』で描かれている秘密警察の振る舞いと違わず、もちろん参照している資料の類似もあるのだろうけれど、書きぶりの全く異なる二人の著者から立ち上がる人間の悪の凡庸さに震撼したのである。失敗には多様性がないというけれど、人がなし得る悪もまたそのようである。
米原万里が遺した小説はこれだけのようだけれど、内蔵された歴史性は滅多に見ないもので、その才は十分にうかがうことができる。