『ブリッジ・オブ・スパイ』を観る。ブルックリンの新聞配達少年が不審なマイクロフィルムの入った5セント硬貨を見つけた米スパイ史上の空洞ニッケル事件の4年後、映画はルドルフ=アベルことウィリアム=フィッシャーがFBIに逮捕されるところから始まる。定期的に真面目な映画を作るスピルバーグの監督作品で、意外にもコーエン兄弟が脚本を書いている。
アベルの弁護を行い、のちにU-2撃墜事件でソ連に捕らえられたパイロット、フランシス=ゲイリー・パワーズとこのスパイの捕虜交換を成功させたニューヨークの弁護士ジェームズ=ドノヴァンをトム=ハンクスが演じており、映画はその顛末を扱っているのだけれど、ドノヴァン自身はこのあとピッグス湾事件でキューバの捕虜になった兵士1,113名の解放にも貢献していて、実在したジャック=ライアンみたいな人なので、こっちの話を扱った続編が作られることになってもおかしくないのだが、『アミスタッド』『リンカーン』に続き合衆国憲法の理念を背景においた流れに連なる話なので、いつものエンターテイメントとはちょっと事情が異なる。
誰もやりたがらない裁判での弁護をするトム=ハンクスの役柄はもちろんこの人にとって自家薬籠中のものだし、冷戦下の寡黙なスパイを演じて印象に残るマーク=ライランスはその演技でアカデミー賞の助演男優賞を受賞しており、重厚な役者の仕事はどれも行き届いている。史実に比べて役者の高齢化が進んでいるのではあるまいかという気は少しするものの。
スピルバーグ作品にもかかわらず、音楽がジョン=ウィリアムズじゃなく、最近の007シリーズを手掛けているトーマス=ニューマンなのだけれど、もちろんスコアの出来はいいみたい。
そういう種類の話ではないのだけれど、個人的な見どころはU-2偵察機の飛行と撃墜で、高高度を飛行するために極端に軽量化した機体のフリムジーな感じまで伝わる描写はマニアックというほかない精度とみえ、これには驚いた。実際のグリーニッケ橋を使ったと思しき捕虜交換シーンも大作にふさわしいスケール感をもっていて、うっかり冷戦時代を懐かしく思うスパイの心境になっている。よくできているのではあるまいか。