食通知ったかぶり

丸谷才一といえば当方にとっては『ボートの三人男』の訳者であり、旧仮名遣いの独特な文章に慣れ親しんでいるというわけではないけれど、Kindleで安くなっていた『食通知ったかぶり』を何となく買い込んで、少しずつ読み進めている。これが結構、面白い。1970年代に『文藝春秋』に連載されたエッセイをまとめたもので、基本的には文壇で聞き及んだ日本各地の美味いと評判の店を訪れ、なんであれ甘口の酒をこきおろしつつ、しかし料理には感嘆して美味しくいただくというフォーマットで、基本的に美味いものを美味いというだけではあるし、文章も半分は食材の羅列だったとして、筆者の妄想は料理の成立に遡る時間軸と空間的な広がりをもち諧謔に富んだもので滋味に満ちている。何しろ名店が多いので、今調べても行くことができる店が多いのだが、作者の当時の体験に及ぶ味が期待できるかについてはちょっと怪しいと思ったほどである。