例年なら映画のことしか振り返らないのだけれど、2016年の秋から年末にかけては、ほとんど『逃げ恥』がヲタ活の軸となっていて、何しろドラマそのものはもちろん、原作マンガから音楽、SNSまで押し広げ、自分内では『あまちゃん』の熱狂を凌駕する状況で、これを語らずして総括はならないのだから仕方ない。一方、「のん」こと能年玲奈がCVをして評価の高い『この世界の片隅で』をまだ観られていないという悔恨はあり、これは是非、劇場で観たいと思っているけれど、上映館が近隣にないこともあって、ちょっと残念なことになっている。
それはともかく今年も印象に残った映画をカウントダウン方式で挙げてみる。
ブラックハット
クリス=ヘムズワースは特に好きな役者というわけではないし、マイケル=マンがハッカーを題材にしている時点で大丈夫なのだろうかという疑念が生じるのは当然で、それを裏付けるように古風なCG描写にはいきなりガックリという映画なのだけれど、全体としては好き。マイケル=マンの撮る亜熱帯の空気はやっぱりいいし、最終的にはハッカーなんてどうでもいいもんねとばかり、巨匠の趣味に走っていくストーリーもまず嫌いになれない。
トゥモローランド
ディズニーは金にも煩いけれど、善良な志があると思える映画をきっちり作るところが立派で、そこは評価せざるを得ない。ジョージ=クルーニーは『マネーモンスター』でもちょっとヒネていて、だけど結局は人間のいいところを見せる役柄がハマっており、このような役回りでは当代きってといってもよいのではあるまいか。SFのよいところを凝縮したようなストーリーも堪能した。
フレンチアルプスで起きたこと
北欧のコメディには根拠もなくシニカルなところを期待してしまうのだけれど、『フレンチアルプスで起きたこと』にはその期待通りの面白さがあって、それ以上に音楽と音響が素晴らしい。フレンチアルプスのスキー場を舞台に、ヴィヴァルディの『夏』が絶妙に使われているだけでも感心したけれど、アバランチコントロールの爆破音が家族間の不穏な状況を際立たせたり、全体に間合いが絶妙。センスがよいというのはこういうことを言うのであろう。
ヴィジット
初めてファウンドフッテージスタイルを採用して、しかしやっぱりM=ナイト・シャマランらしいサスペンスになっていたので、自然と点数は高くなる。当時は『ハプニング』も全力で支持したクチだけど、『ヴィジット』はPOVスタイルにもかかわらずシャマランらしい画面づくりのこだわりはかえって研ぎ澄まされている印象で、今後もこの方向でのびのびとやってはもらえないだろうかと願わずにはおられない。
レヴェナント、ヘイトフル・エイト、悪党に粛清を
19世紀のアメリカを舞台にした映画は力作揃いだったといってよいと思う。時系列では『レヴェナント』が1,820年代と先行していて、『ヘイトフル・エイト』と『悪党に粛清を』が南北戦争後。『レヴェナント』も『ヘイトフル・エイト』も肝心の時代感はきっちり描かれているし、長い尺でも飽きない密度がある。『悪党に粛清を』はそれに比べると小品なのだけれど、マッツ様が素晴らしいだけではなく、ハードなストーリーもいい。デンマーク製のこのウェスタンはマイナーだと思うけれど、おすすめ。
ブリッジ・オブ・スパイ
スピルバーグ監督、コーエン兄弟の脚本によるこの大作も題材のとりかたがうまく、ディテールの作り込みも巧妙なので、冷戦期の奇妙な外交情勢がうまく表現されていて見応えがあった。合衆国憲法を軸にした一連のスピルバーク作品に連なるものになるけれど、このようなテーマが真に語られる必要があるのはトランプが大統領となるこれからであるには違いない。してみると、本邦でも国家の理想についての物語が編まれるべき時期なのではあるまいか。
ジェイソン・ボーン
ジェイソン・ボーンそのひとの名前がタイトルとなっている気合の入り方、何よりポール=グリーングラス監督作品である以上、もちろん期待は高まり、劇場まで足を運んだ次第ではあるけれど、脚本にもポール=グリーングラスの名前が入っていたのが盲点で、これがトニー=ギルロイあたりであれば、もう少し気の利いた話になっていたに違いない。つまり映像は特に前半、期待通りに良かったのだけれど、ストーリーはイマイチで、思わせぶりな風呂敷が後半に畳めている感じがない。特にラスベガスでのクライマックスは筋書きだけなら1990年代のサスペンスアクションみたいな内容だけど、しかし映像だけは大掛かりというアンビバレントな状況なのでかえっていたたまれない。観客の反応を気にするような平凡な盛り上げ方はこれまでのシリーズとは印象が異なるもので、制作の仕方自体が変わってきているような気がするのだけど、どうなのだろう。
マッド・マックス 怒りのデス・ロード
もちろん本作は昨年にランクインしているべきなのだろうけど、わりあい頻繁に劇場に行くようになったのは今年に入ってからのことで、しかしそれでも圧倒的にDVD派なので仕方ない。そもそもマッドマックスの世界観はポストアポカリプトものとしてもイマイチ好きではないのだけれど、マックスの記号というべきフォードV8はもはや取り返されることはなく、銃身の切り詰められたショットガンも発砲されることがないという、続編であるが故の不在の表現はシンプルなストーリーラインに奥行きを加えて滋味深い。そういう部分にまずは感動する性質である。
スペクター
サム=メンデスの『007』はその作家性ゆえに変格というイメージがあったのだけれど、これまで以上にジェームズ・ボンドの記号を丁寧に使ったつくりで、しかし監督の持ち味は色濃くあり、加えて『スカイフォール』との対照も見事な構成でシリーズとしてもよく考えられていて、まず感心しかない。クライマックスの橋の場面はアクションの舞台になっていると同時に、彼岸と此岸は多重の意味を与えられていて、今にして思えば『ブリッジ・オブ・スパイ』がまさに描いたグリーニッケ橋を想起させるイメージすらあり、もう凄いことになっている。やっぱりサム=メンデスは現代を代表する作家のひとりだろうと思った次第。
オデッセイ
原作の小説『火星の人』もイッキ読みの面白さで、これがもとはWeb小説だったというのに感銘を受けたものだけれど、リドスコのこの映画も非常に丁寧なつくりで、今さらだけどこのひとは原作つきの映像化のほうがきっと向いている。視覚的な小説をほとんどイメージそのまま映像化してもらった印象で、末節は削られているはずなのに足りない感じがなく、満足感が高いというのはやはり優秀だと思う。
MI5 世界を敵にしたスパイ
BBCの仕事では、もしかしたら『SHERLOCK』よりもこのシリーズを上においていて、ビル=ナイのJohnny Worrickerも見納めかと思えば残念というほかない。レイチェル=ワイズやレイフ=ファインズも出演して、きっちりとした仕事をしているこの三部作はもっと広く観られるべきで、いわゆる洋画のジャンルで今年の一本を挙げるとすれば完結を記念してこれを推すと思う。iTunes Storeでも配信していないのでハードルは高く、しかしTSUTAYAに走る価値はあると思うのだけれど、BSプレミアムあたりでも連続放映するのが公共放送の務めと思うがどうか。