『この世界の片隅に』を観る。昨年の封切り時に近くには上映館がなかったこともあって、だいぶ遅くなったのだけれど、当地も拡大上映の流れの第三波くらいには乗ったということか。平日の初回上映にもかかわらず10人を下らない集客だったことが、まず意外で、さすがに評判の映画と思ったのだけれど、いや、もちろんまったくの文化不毛の地というわけではないにして。
物語は主人公の浦野すずがまだ幼い時分に遡って語られるが、その幼少期はすず当人の認識に従って異界との境界すら曖昧であり、世界がすずの体験そのものによって成り立っていることは早くに了解される。現実と同様、まず人の営みは因果にかかわらずそこにあって、しかし人が因果を考えずにはおられないことによって現れるドラマは奥行きが深い。そして監督が脚本を宛て書きしたという、のん(能年玲奈)の仕事はその深さを三倍増しにもして感嘆するほかない。
画面は濃厚で、ディテールは書き込まれており、ストーリーは時の流れに沿って不可逆であり、それゆえに、すずさんその人の生が立ち上がってくる仕掛けで、言葉による説明が最小限である一方での、この豊穣はどうか。そこにあるメッセージの分厚さもさることながら、ほとんど誤解の余地のない表現によって成立していることが作り手の誠実を示して、そのこと自体も尊い。