『ダンケルク』を観る。クリストファー=ノーラン監督が106分の尺で史実を描こうというのだから、密度の高さはあらかじめ予想されるというものだが、ダイナモ作戦を陸海空の視点で描き、しかもそれぞれが1週間、1日、1時間という固有の時間軸をもって交錯するのだから何かと見応えがある。その視点はそれぞれの前線に固着して、映画が描くのは基本的に当人の認知の範囲に限られるけれどこの立体感はさすがというべきだろう。
ダンケルクの海岸に追い込まれる若い無名兵士のあがきは無声映画の緊張感で、知れず息を詰めて観ている。この兵士は一発の銃弾も撃つことがなく、そもそも応戦しようとする者が冒頭近くで吹き飛ばされて以降、爆撃と魚雷の攻撃はあっても戦闘といえば空戦だけなのだが、スピットファイアの実機を使ったその空中戦とラストの滑空は感涙もので、これだけでも観る価値がある。撮影は『インターステラー』でもクリストファー=ノーランと組んでいたいホイテ=ヴァン・ホイテマで、フィルムにこだわった高密度もさることながら、不穏で緊張感のある画面はこの人の仕事によるところが大きいに違いない。そのフィルモグラフィーには名作しかないというすごい人なのである。
ドラマパートを担っているのがマーク=ライランスで、ダンケルクを目指す民間船の船長を演じ、その息子とともに英国人のよい部分を託されているので実にかっこいい。その船が巡洋艦とすれ違うすごいシーンがあって、これにも震える。
パイロットを演じたトム=ハーディはほぼコックピットでの一人芝居でマスクをつけているので『ダークナイト ライジング』のベイン並みに人相が窺えないのだけど結局、最後にはごっそりもっていった感がある。擱座した完璧な構図で文字通り炎に包まれるスピットファイアはひどく美しくて、初めて史実を扱うにあたってやはり映像に傾斜したクリストファー=ノーランその人の目論見は凄まじい。