『3月のライオン 前編』を観る。言わずもがな、現在のところ12巻まで出ている原作マンガは大傑作だけれど、『るろうに剣心』の大友啓史監督によるこの映像化も、この監督の先例にしたがいキャスティングそのものと役者が再現するディテールに違和感がないことは予告の段階でも察しがついていたので、かなり安心して観ることができたと思う。してみると、オリジナルの空気感に執拗にこだわる演出方針も意味がないというわけではない。
「March comes in like a lion and goes out like a lamb.」から題された『3月のライオン』というマンガの凄さは、その第1話が、ほとんど背景説明を排したかたちで、しかし「3月はライオンのように荒々しい気候で始まり子羊のように穏やかな気候で終わる」という一文そのものの構造、つまり零の悪夢的なフラッシュバックから川本家での泣き寝入りまで一気に語られることだけでわかるのだけれど、この映画の前半はさしずめ荒々しいライオンの回ということになろう。原作と同じく、棋譜や盤面にこだわった演出はほとんどないけれど、将棋と人生が同義という人たちのリアリティを画面上に現出させて嘘っぽいところがない。有村架純が将棋の世界を目指し、挫折した役回りで違和感がないというのも凄いことである。
クライマックスは宗谷名人と島田八段の対局で、加瀬亮が演じる宗谷名人のセリフは一言だけだけど、審美の高みにあることがわかるシーンにもなっていてかくのごとく138分はみっしりと中身が詰まっており、後編も楽しみ。