ゴースト・イン・ザ・シェル

『ゴースト・イン・ザ・シェル』を観る。芸者ロボットに福島リラを起用したキャスティングが、だがしかし荒巻課長に北野武をあてたのは痛恨の失策というべきだが、スカーレット=ヨハンソンの草薙素子自体は悪くないし、ピルー=アスペックのバトーもそれなりだと思う。とはいえ、偽の記憶と義体を題材にしたこの物語が、士郎正宗にインスパイアされた押井守のアニメーションを徹頭徹尾、模写している皮肉な構造には、このキャストがホワイトウォッシュであるという議論を越えた次元で疑問を感じざるを得ない。映画の特異なイメージがほぼ『攻殻機動隊』を参照しているのだから、そもそもアニメを観るべきだし、結末にかけてハリウッド的な自分探しと人間性の物語に換骨奪胎されてしまうのは、そもそも本来のテーマを全く理解していないということであろう。そのことは装飾的な美術にも表れていて、それっぽくはあるけれど機能を説明しない不可解なデザインが目立つのもいただけない。