恋は雨上がりのように

『恋は雨上がりのように』を観る。主人公 橘あきらのドリフト走りというアニメ的な動きをオープニングタイトルからきちんと表現してきたあたりは非常に好感が持てるし、その再現度は高くまず感心する。それをいうなら小松菜奈による実写化を観た後、余人によるキャスティングは考えられないであろう。良い。

言ってしまえばフィクションとしての物語的な起伏は最小限のこのストーリーだけれど、店長 近藤と彼が複雑な思いを抱く友人の作家 九条をからめ、あきらとはるかの友人関係に対置することで立体的な話になっている。うまい。

重要な雨のシーンも含め全体としてきちんとした画面になっていることには好感が持てるのだけれど、被写界深度の極端に浅い撮影は綺麗と言い難いボケと周辺歪曲のキツさが気になるし、フォーカスの合っていないカットすらあって、こればかりは感心しない。ポストプロダクションではもうどうにもならなかったということかもしれないが、今どきの大画面でこれはまずいのではないか。

テーマ曲の『フロントメモリー』は亀田誠治による編曲で、オリジナルよりもドライブ感があり、さすが。ラストシーンの小松菜奈は女優としてほとんど一世一代の仕事をしていると思うけれど、これを受けてエンディングを盛り上げている。