移民法の審議について、外国人労働者を機械の部品とでも思っているのかという嘆息はもっともだけれど、あわせて唱えられることの多い「同一労働同一賃金の原則」を踏まえれば、機械の部品と思われているのは外国人労働者に限らないというのが論理的帰結というものであろう。労働の報酬は必然的に移民が強いられるレベルに引き下げられ、賃金連動の仕組みにより年金の支給額まで削られることになろうが、その憎悪は資本家ではなく移民に向けられるというのは、歴史が再三、実証している通り。
理念ではなく、何かの憎しみかと見紛うような個人的信念にもとづいて社会の仕組みを変えたがる人間がいるものだが、それが偉業として歴史的評価を得ることは金輪際ないだろう。