今回もいいとこなしだった挙句、会談直後にプーチンがロシアの領有権に疑問の余地はないと発言したことが伝えられた日露首脳会談は、一方の当事者である日本のいう「未来志向」がいかに空疎な虚言かを確認するような展開になっているけれど、それを措いても例の「ウラジミール」スピーチには、たとえネトウヨであっても、薄ら寒さとともに国辱の二文字を思い浮かべたに違いないのである。プーチンは外交の場で侮蔑を隠そうともしないという点で真正の独裁者であり、その侮蔑を感じる神経を持ちあわせていないそのことによって国益は日々、損なわれていく。外交的惨事という言葉はこういう状況を指して使う。
無論のこと、スピーチ原稿を書いた人間にとっては、期待した通りの効果であったに違いないのである。それがどんなに愚かな内容であれ、一国の総理大臣を操ることができるというライターの昏い優越感が発露してしまうほど、この国の中枢に理不尽な抑圧と嫌悪の蓄積が進行している。それをあらかじめ止めるシステムも最早、存在しない。この一件から読み取れるのは、つまりそういうことであろう。