『いだてん』は第一部 金栗四三編のクライマックス。関東大震災後、まだ傷の癒えない東京をきちんと描き、物語の折り返しとして後世につながる人々の営みのヨハネ福音書的総括の回であって、運動会の祝祭の雰囲気のなかで次回に続く。熊本にちっとも帰らない四三その人がようやくの帰郷を咎められ、韋駄天として走るというよく出来た話でさすがクドカンと思ったことである。面白い。
Month: June 2019
アナイアレイション -全滅領域-
『アナイアレイション -全滅領域-』を観る。ジェフ=ヴァンダミアのサザーン・リーチシリーズを原作にして、『28日後…』のシナリオを書いたアレックス=ガーランドが脚本・監督を務めている。もとは三部作だけれど映画は続編があるようには描いておらず、作った本人にもそのつもりはないみたい。
もとはパラマウント製作だけれど、大雑把に言えば一般受けしなさそうという理由でNetflixで配信されることになったみたいだけれど、それが『惑星ソラリス』や『ストーカー』だったとして今ならNetflixが配給を担うのであれば、映画館は文化の担い手であることを降りたということにはなるまいか。これらに比べれば本作は同じゾーンものといってもだいぶ判りやすい内容なのである。
去年の冬、きみと別れ
『去年の冬、きみと別れ』を観る。中村文則の小説の岩田剛典の主演による映画化。叙述トリックに類するミステリーを映像化しようというのがまずチャレンジなのだけれど、大胆な換骨を行なって物語の前半をほぼ別物としつつ、全体は原作に依拠しているといっても違和感のない話になっている。一方で岩田剛典のファン映画としても機能するつくりは商業的な考慮もされたもので、ぎりぎり判りやすさに振っているセンスもなかなかのものだと思うのである。たとえば人形作家の役回りは登場しないのだけれど、人形を持ち出してそれっぽい雰囲気を作ることだって可能だったと思うのである。一方、パスポートと札束については、そんなものをどこから調達したのかという疑問がなくはないとか、言いたいこともあるにして、全体としてはそれなりの仕事なのではあるまいか。
Thin
そういえばこのところの作業はほぼオンラインのWebブラウザで済ませることになっていて、当時はよくわからなかったクラウドの身体化が進んでいる。これでiPad OSのSafariエージェントがMacを名乗るようになれば、iPadだけでいいのではないかということになると思うのである。そろそろAppleがmacOSの仮想環境を提供しようという頃合いなのではないか。
ソフト独裁
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関であるとは憲法第41条の定めるところだけれど、この内閣が方針としてその質問や要求に誠実に対応しないということを決めたという時点で、この国の熱狂なき独裁はまたしてもその病状をすすめた。
その状況を回避するはずのあらゆるシステムは今や機能していないが、投票行動を歪めるボイコットが阻止された沖縄の件は、やはり大きな意義があったと思うのである。もちろん、投票のみがこの国の病状に対する処方となろう。
新境地
次々と考えられないような低次元の新発想を繰り出してくる安倍政権だが、答弁拒否を閣議決定して、またしてもそのレベルを塗り替える。審議拒否に続いて黙秘というその実、立憲主義を否定する独裁を推し進めているのだから必ず鉄槌を下さなければならない。
大地
『いだてん』の時間軸は大正12年9月1日に至り、森山未來の志ん生が40年後と交差する関東大震災の語りに震えて、18時からのBSに引き続き20時からの本放送も繰り返し観たのである。古今亭志ん生その人の手になる『びんぼう自慢』が出典ではあるらしいけれど、これまで言及されてきた『厩火事』や『富久』を大震災に重ねる語り口は宮藤官九郎一流のもので感嘆頻り。