pursuit of happiness

この歳になると幸せそうなひとも不幸せと見えるひとも、それぞれに不幸せと僅かな幸せをあわせ持っていることぐらいは弁えておかねばならない。それが我が子であれば、もちろん幸せを願いつつ、しかし幸福の追求は個人に委ねられた「国民の権利」であるからには、幸あれかしと祈るほか何ができるだろう。