ディストピア

倍加曲線をみるとスウェーデンの上り調子には恐ろしいものがある。報道によればSocial Distancingが行われていないわけではなく、症状が悪化しても例えば80歳を越えていればICUに送らないという前提によっていわゆる医療崩壊を招かぬようにするという、そこからしてヨーロッパの多くの国が選ばなかった道を歩んでいるのだけれど、死者数の積み上がりや未だ不明なところが多い予後のダメージの可能性の前に、この方針はどこまで維持できるのだろうか。福祉国家と呼ばれたスウェーデンの選択にこそ冷徹な死生観が色濃いことに慄いている。藤子・F・不二雄の短編SFみたい。

一方、医療リソースの範囲で、治療が必要な患者に集中するという点では日本の進んでいる道も結局のところ似たようなものになっていて、これを日本モデルと呼ぶのならば、現場での対応に丸投げして個々が活路を見出す、または玉砕するという戦術的な対応にその特色があるようだ。

ブラジルまで入れると、世界には感染の拡大そのものに無頓着な国がいくつかあって、封じ込めに投入されるリソースの乖離は日々、拡大している。世界が相互に隔離された現状ではともかく、次第に再開される貿易と人の移動において、ほぼ培養器と変わらぬ状態となった国家の合流は国境システムによって拒絶されると考えるのが普通ではあるまいか。能力不足により感染の規模を推定しうる規模の検定が行われていない国も同様に扱われ、初期対応の成功によってファストトラックを得た国との競争力格差はますます広がるに違いないのである。

いわゆる出口戦略の評価を抜きに各国の施策の優劣を語ることは難しいにして、本邦においては対策会議議長たる総理大臣が現時点で感染確認された人の数を大まかにも答えられない体たらくなので、そもそも入口戦略すらない状態なのである。

暗愚

4月中ではないかと言われていた緊急事態宣言の延長方針の表明は、結局のところ5月5日になるとかいう話で、一事が万事ぐずぐずしている印象は拭えず、すでに状況は停滞して、ただ医療の現場における水位だけが上昇しているように見える。例によってポエムもどきの演説を準備する時間が必要というわけでもあるまいが。そもそも拠り所とすべきデータが体系的に測定されているとは言い難い現下の何を踏まえて政策が判断されるのか非常に興味がある。今の流れだとパチンコ店の全店休業をもって大勝利と言い出しかねないと見えるが正気なのか。

そしてこの数日、「#おうちで治そう」というおぞましいキャンペーンの歴史修正が始まっており、37.5度の発熱で4日間待てというのは誤解だという答弁までなされる地獄。これほどまでに恥知らずで、凡庸な悪を見逃すことは、より大きな災いを生む結果にしかなるまい。

PALM

篭城4日目。県内ではいちど陰性となった患者が再度、陽性となるケースが出てきている。この病について分かっていることは実はまだあまりないのだ。八ヶ岳で救助された東京の会社員のCT画像に疑わしき影があって山岳救助隊が一時隔離の騒ぎとなって、山なら出かけてもいいよねと言っていた同僚のことを思い出す。いやはや。

犬の散歩を除いて外に出ることがない折り目正しい隔離生活が続いているのだけれど、コーヒーさえあれば、まず400日だって過ごせそうな気がする。NetflixとAmazon Primeはほどほどにして、PALMシリーズを読み返し始めており、思えばまだ伸たまき名義だったマンガを西呑屋あるじに借りて読んだのが30年以上も前の話だ。大河と呼ぶに相応しい質量のある物語を挙げるとすれば必ずこれは入ることになる。

攻殻機動隊SAC 2045

明かされずにいた布マスクの4番目の調達先が福島復興課税特区のペーパーカンパニーで、最近登記されたばかりのあからさまに怪しい会社であるというのだから、今さら何の期待をかけるでもない政府の仕業だとしてもさすがに魂消る。もちろん真相は別のところにあるとして、これを追求する報道が立ち上がってこないとなれば、正義の回復を想定することもなく震災からこっち恣に国家を食いものにしてきた、ならず者どもの目論見通りというわけだ。この国の下りの坂道を歩く人生ならば、そうした衰退の景色を眺めることにもなるのである。

引き続き都下の検査数は少なく民間を含めた実数すら不明のまま、一方、北海道では第二波と呼ばれる感染確認の増加が観測されていて、非常事態宣言下の迷走のうちに四月が終わる。シンガポールでは外国人労働者に対する差別が一旦封じ込めたかに見えた感染の再燃を招いているという話だけれど、全て中途半端の結果、システムが機能不全となりずるずると敗退を繰り返す本邦の習性が、幅を利かせる自己責任論の帰結でもあると見えるのは興味深い。この病は社会の病理と表裏一体でもあるのだ。

Netflixで『攻殻機動隊SAC 2045』を観る。史郎政宗のマンガをCGでアニメ化しようという試みではかつて『アップルシード』があって、無論のこと技術の進歩とNetflixの資本はアニメーションのレベルをだいぶ底上げしている印象で、ピクサーというよりはPlayStationのゲームみたいなCGアニメだとして、オリジナルの声優の仕事もあってほとんど違和感なく観られる。ゲームっぽいといえば、モブキャラがゆらゆら揺れているのはどうかと思うけど。1話が20分ちょっとで今のところ12話構成なのだけれど、一気に観た挙句、話が完結していないという罠が仕掛けられていて、あれれとなっている。

ザ・フォーリナー

『ザ・フォーリナー』を観る。ジャッキー=チェンが陽気さの片鱗も見せることなく、北アイルランドの過激派組織のテロで巻き添えとなった愛娘の復讐を遂げようとする元特殊部隊の男を演じているのが見どころ。

ピアース=ブロスナンが元闘士の政治家だけど、黒幕のように見えて黒幕というわけではない気の毒な役回りで、ジャンル映画ではありながら、少しずつ定型を外しているところがあるのが案外いい。IRA武闘派をモデルにしたグループに対する権力の酷薄なシーンだの、内紛まがいの暗殺シーンだの、政治向きの話もちゃんとしているので、復讐自体は後景化してジャッキー=チェンの不気味さだけが際立っているという気がしなくもない。そうはいってもカンフーアクションはちゃんと用意されていて、そこだけいつものジャッキーっぽいのが妙におかしい。

GW

広義のゴールデンウィーク初日。2週間後には感染の減少がみられるようにしたいという非常事態宣言発出時の、今となっては妄想的な修辞を素通りし、25日に感染の抑え込みが確認できないようでは東京もお終いだという東京医師会長の切実な訴えも状況の改善をもたらすことなく、都内は相変わらず100人を超える感染を確認して陽性率は上がり続けている。

マスコミ関係者に労組の連絡会議が行ったアンケートでは政権の報道への介入が問題視されていて、記者勉強会を通じて医療崩壊という言葉を使うなという要請があるというコメントすらあったから、いよいよ敗戦の色も濃い。現実とのギャップは拡大し、今さら自宅療養中に死亡する例が取り沙汰され、さらに今さら実態の把握に乗り出すと表明する有り様である。医療機関の装備の充足を可視化するという首相の声明とあわせ、実施されるところまで辿り着けばまだしもだが、1日2万件の検査を行うという話さえ、未だに遠い目標となっているのである。行政能力の絶望的な劣化は今や近隣諸国との比較において明らかとなった。

このところ、COVID-19によってまずダメージを受けるのは血液と血管であるという理路が見えてきて、それがウイルス自体にもたらす淘汰圧もさることながら、人類をどのように進化させるのか気になっている。それは、このウイルスを封じ込めるというイメージがどうも持てないからでもあって、ミクロからマクロの、個と社会の様々な層が環境の激変に見舞われるだろう。

日日是好日

『日日是好日』を観る。主人公を演じる黒木華が茶道を習い始めた20歳から、二十四節気と十二支を都合二回りして一期一会を実感するあたりまで。森下典子のエッセイが原作で、師匠の武田先生が樹木希林、いとこの美智子が多部未華子というキャスティングがまず良いのに加え、大森立嗣監督による脚本も滋味深く、素材のよさを活かした料理の風格があって楽しめる。型が内面をきめていく文脈とその語り口は、邦画でしか味わえないもので格別。教養主義というべき佇まいが好きである。