予後

ニュージーランドの出口戦略を知ると、ほとんど不作為としか見えない本邦の体たらくだが、結局のところ感染の暗数については考えないという方向を選択した以上、人の移動が再開すれば確認数は必ず再拡大するのが道理である。その状況で、気の緩みが出れば第2波が来るなどという精神論は、ほとんど確定している未来の責任転嫁にしか見えない。社会的弱者から疫病の犠牲となる現実を踏まえての発言であれば冷酷なものだし、自分だけは感染しないとでも考えているのではないか。

ハーフ・オブ・イット

『ハーフ・オブ・イット』を観る。Netflixのオリジナル映画の隆盛には目を瞠るものがあるが、中国系の高校生を主人公としたこの物語もハリウッドでは製作されそうにない企画で、作品そのものが素晴らしいだけにNetflixもいい仕事をしているという印象が一層、強い。

アメリカの田舎町を舞台に、文化の交点にいてしかし未だ何者でもない主人公が懸命に言葉を探し手探りで自身の物語を構築していくストーリーは、細部が互いに呼応する端正なつくりでアリス=ウー監督による脚本の手柄は大きい。言葉が人を動かし、本や映画が人生そのものを形作っていく話が美しくないはずもなく、教養的なプロセスは心地よい。

Magic Keyboard

本年3月半ば、iPad Proと同時に発表されたMagic Keyboardに漂うサードパーティ感に馴染むことが出来ないとした上、買うならSmart Keyboard Folioだろうという見解を述べた同じ人間が、トラックパッドのついたそのMagic Keyboardを使いながら、なかなかいい塩梅じゃないかと悦に入っていることは誠に遺憾という他ない。いや、iOSに実装されたスマート変換と合わせ、これがなかなか快適な打ち心地なのである。

こちらは世紀の大悪事というべき検察庁法改正の動きに対しては元の検事総長ら検察OBが意見書を提出して司法全体が反対を表明する事態となっている。その意見書にはジョン=ロックの「法の終わるところ、暴政が始まる」という箴言が引かれ「正しいことが正しく行われる社会国家でなければならない」という言葉が書き込まれており、背筋が伸びる。森まさこ法務大臣は法曹出身のはずだが一体、どのような気持ちでこれを読むのか。

場当たり

非常事態を宣言したからには、どこかで解除も宣言しなければならないというのは道理だが、感染確認はそもそも検査の数が金輪際伸びず、それどころか傾向的に減少して、医療機関の状況については定量的な評価すら開示されず、そもそも測定すらされていない気配が濃厚で、なし崩しという雰囲気で39府県の非常事態宣言解除となる国、ニッポン。この空気のまま、後世、大雑把な超過死の傾向的把握によって疫病の被害を知ることになるのであれば、17世紀のイギリスと比べても出来ていることは大差ないということになる。

弱毒仮説

日本でCOVID-19による死亡者が少ない理由として、昨年から弱毒株が流行し結果としてある程度の集団免疫が獲得されていたという仮説があるけれど、神風レベルの僥倖で観察事象を説明しようという話に聞こえるのはともかく、2019年の秋口から関西を中心に奇妙な咳の風邪が流行っていた事実はあるだろうと思っている。というのも、大阪在住の娘とその連れ合いが、10月頃、処方薬の効かないしつこい咳風邪の症状を訴えていたことを記憶しているからなのである。我々が認知できる現実はごく限られた一部に過ぎず、運命が知らぬ間に紋様を編み上げているのであれば、そういうこともあるのかも知れぬ。

宿痾

検察官の定年延長をめぐる抗議の声に対して、週明けから中傷や同調圧力、御意見番みたいに扱われているエセ文化人の発言と言ったいつものルーチンが発動して、予算化された工作の実態が可視化されている。

一方、ニュースでは各国の実効再生産数が定義なしに語られ本邦では0.7と収束前提の数値が持ち出されているのだけれど、少なくともそれがどの程度の精度をもつモデルなのかは誰にもわからない混沌にある。何しろ、Faxと手書きの不効率で足し算を間違えたという話が連日、繰り返されているレベルであれば。

結局のところ一事が万事というわけで、体制に都合のよい言説が垂れ流される本邦においてはデータやロジックなど置き去りにしてストーリーが語られるようになる。どこの国でも起きることとはいえ、ジャーナリズムがほとんど死滅してしまったこの国では慢性の毒が回ってやがて死に至る病となろう。

ペスト

時節に合わせてダニエル=デフォーの『ペスト』を読んでいる。『ロビンソン・クルーソー』のデフォーが17世紀のロンドンでのペストの流行に材をとって、体験者の視点からその顛末を記した体裁で、カミュよりも圧倒的に読みやすいのがちょっと意外で、コロナ後の世界から見ても人間の所業は変わらないという意味で実に面白い。

本邦の現在としては、特定警戒度道府県以外の34県での非常事態宣言を解除するという観測気球が上がっているのだけれど、だいたいことのついでに非常事態を宣言したという疑いがあるので、そういうことにもなるのであろう。