イエスタデイ

『イエスタデイ』を観る。ダニー=ボイルが監督、リチャード=カーティスが脚本のロマンスであればよく出来た話であるに違いないとは思っていたけれど、期待に違わない作品なのでうれしくなってしまう。売れないミュージシャンであるジャックがビートルズの存在しない世界で目を覚まし、彼らの楽曲を歌ってスターになるというのが主線なのだけれど、本物のエド=シーランが本人として出演しファンタジックな部分を牽引するので荒唐無稽が霞んでいるところがあってちょっと巧い。ラスト20分の仕掛けは、恐らくもともとこれがやりたかったんだろうと思うわけである。よろしいのではなかろうか。

英国を舞台にしたファンタジックなロマンスという流れでは傑作『アバウト・タイム』を思わせるところもあって、あれが好きな向きにはおすすめできる。いい。

リモート大作戦

YouTubeで配信されている『カメラを止めるな!リモート大作戦』を観る。27分ほどの小品ながら『カメラを止めるな!』そのまま、コロナ禍の自宅待機下にありながらオンラインだけで番組を作ることになった日暮家の仕事という設定になっていて、正当な続編であり、現下のミニシアター・エイド基金への支援を呼びかけるメッセージにも直結していてなかなか秀逸な企画というべきではあるまいか。楽しめる。

意図せず長期化したGWはようやく折り返しという按配だけれど、積読の消化が捗っていて、1年越しの読書が消化できたりしているのでそれなりの充実感がある。それにしても昔は読み残しの小説が苦になったものだが、最近では読み終えていないことすら忘れているので老人力とはよく言ったものである。

持続的対策

「通勤が続けられる限り人の接触の8割削減は無理」という、ほとんど自明の見解を専門家会議が示し、大まかに言えば今さらロックダウンのやり直しが必要という話だけれど、そもそも接触頻度とは何かというところから整然とした定義が共有されていない現状を踏まえれば、議論百出して政治的な決断はウヤムヤになるのではなかろうかと、なんだか何を心配すればいいのかよくわからなくなっている非常事態宣言24日目。

そして言うまでもなく、すでに衆目の一致するところであったことの念押しとして、専門家会議が今後1年以上にわたり新型コロナウイルス感染症に対する持続的な対策が必要と提言するからには、東京オリンピックの来年開催はナンセンスということでよろしいか。この上、追加のコストを計上して準備作業を継続というのは筋の通らない話だが、辺野古の埋め立て作業に300億円以上を投じて往生したり、布マスクに466億円といってみたり、税金をドブに投じることにかけてのみ実績の際立つ政権のことであるからにはやりかねない。

それなりの忖度を発揮してきた専門家会議も西浦教授のいう「倍加時間3.8日」という見立てを踏まえて自粛ベースの活動では立ち行かないという結論に至っていると思うのだけれど、そもそも不顕性の感染者は除くという前提だからマージンは危険側にある話をしているのだ。

SIRモデルを使って感染の封じ込めを論じる限り、結局はほぼ完全なロックダウンを目指さなければならないというのが論理的帰結だとして、これを政策的に実現できていないというのが現在の問題だと捉えなければ、いろいろずるずると延長した挙句、何も達成できないという事態はあり得る。そして非常事態宣言が全国に広がっている以上は国の対応すべき話となっているのだが、この事態に一番、対応できそうにないのが国政であって、もしかしたら当事者としての認識すら希薄である可能性がある。そうこうしているうち、補償を求める声は失望の果て現実論を掲げて経済再開の主張に向かい、最も節操のないポピュリストがこれを先導するに違いない。