DEATH TO 2020

大晦日の夜、紅白を見始めたのだけれど早々に離脱し、Netflixで『DEATH TO 2020』を観る。最悪のこの1年の出来事を1月から振り返っていくという体裁のモキュメンタリーなのだけれど、2020年において全ては洒落になっておらず、風刺にしか見えない映像がほぼ現実そのものなのでちょっと笑えるようなものではない。モキュメンタリーでありドキュメンタリーでもある本作の、ドキュメンタリーの部分は空恐ろしい狂気に塗り込められていて、2020年が常軌を逸したここ数年の集大成であったことを再確認する内容になっている。いやはや。

ヒュー=グラントが狂言回しの歴史学者を演じていて、感じのいい老碩学という印象なのだが、そういえば彼も60歳なのである。

本編はワクチンの登場とそれでもあやしい世界の先行きに言及して閉じられるのだが、12月も半ばを過ぎて話題となった変異株には触れられておらず、現実はシニカルな笑いの一歩先をどうやら行っている。

その変異株の実効再生産数はロックダウン下のイギリスでも1を大きく上回っているということなので、COVID-19の従来株は都市封鎖によってかろうじて駆逐され一方、変異株はそれに代わって速やかに蔓延するといいうのがこの年の瀬に見えている現実の姿ということになる。

2020年に観た映画とドラマのこと

COVID-19による影響は生活のあらゆる側面におよび、当然のことながら2020年はパンデミックのはじめの年と記憶されることになる。煽りを喰らって大作映画の劇場公開延期が相次いだ今年、こちらの視聴習慣はますますネット配信にシフトし、しかも第4次といわれる韓流ブームにしっかり反応したこともあって、特に年の後半は欧米の映画よりも韓国のドラマシリーズに傾倒した年となった。

ハーフ・オブ・イット

アリス=ウー監督の『ハーフ・オブ・イット』は本邦での緊急事態宣言が解除される前の5月に観たNetflixオリジナル映画で、この作品自体にもトライベッカ映画祭でのプレミア上映がCOVID-19の感染拡大によって中止になった経緯があったみたい。

マイノリティの中のマイノリティである少女がアメリカの田舎町で生きていく姿を描いた鮮やかな映画で、脚本もよければ主演のリーア=ルイスの佇まいも素晴らしく、当時から通年のベストとなるだろう予感がしたものである。Netflixに好感度のかなりは、このように質の高いオリジナル映画によって象られている。

グレイハウンド

セシル=スコット・フォレスターの『駆逐艦キーリング』を原作としてトム=ハンクスが自ら脚本まで書いて映画化した『グレイハウンド』もパンデミックの影響で劇場公開の目処が立たなくなり、Appleが配給権を獲得してApple TV+でのプレミア公開となったのである。

第2次世界大戦のマニアックな作品では製作においても実績のあるトム=ハンクスが10年の時間をかけたというだけあって、艦対艦戦闘の描写は美味しいところしかないという密度で描かれ、あまりに面白かったので原作まで読み込んで映画もなかなかの出来と感嘆したものである。クリストファー=ノーラン監督と違ってCG前提の世界ではあるものの、これはこれで全く素晴らしい。

エノーラ・ホームズの事件簿

非常事態宣言と感染拡大の影響で劇場文化が風前の灯といわれる一方、配信前提作品のクオリティは上がっていくという対照の是非はともかく、『エノーラ・ホームズの事件簿』もCOVID-19の影響で劇場公開が断念されNetflixが配信権を獲得した作品だという。

『ゴジラ キンブ・オブ・モンスターズ』のミリー=ボビー・ブラウンがシャーロックとマイクロフトのホームズ兄弟の末妹という設定で、主にその輝きによって佳作というべき作品になっていた。今日的な価値観を体現して物語を牽引するキャラクターのよさに加え、逝く19世紀大英帝国の残照までスコープに入れて、立体的で面白い物語になっていたと思うのである。

ワンダーウォール 劇場版

『ワンダーウォール』は渡辺あや脚本のドラマで、初見は2018年のBSプレミアム。吉田寮をめぐる問題のその後の経緯を加えて劇場版としたディレクターズカット版が本年公開され、この時勢にわざわざ劇場版と銘打っていることには小劇場を守れという動きに呼応した心意気も感じたのだけれど、そもそも当地では小劇場そのものが死に絶えてしまっているので、これまた配信での鑑賞となったのだった。場の消滅というのが映画の扱っている題材だとすれば、映画自体が生み出す場にも同様の文脈があって、こうした多層のテーマ性に改めて奥行きを感じたものである。

1917、ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド

サム=メンデス監督が第1次世界大戦を題材にした『1917』は大作らしいスペクタクルとサム=メンデス一流の絵画的な画作りが相俟って映画作品としての見応えに感心した。

ピーター=ジャクソンの『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』は、それとほぼ同じ時間帯の西部戦線を撮影した実際のフッテージをAIでカラー処理し、おそろしく手をかけて構成して、ほぼ無駄死にしたはずの群像を甦らせたすごいドキュメンタリーで、この二つの作品は表裏のように印象が合わさって切り離せないでいる。

ザ・ピーナッツバター・ファルコン

2020年に観た映画で、わけてもロードムービーのベストを挙げるとすれば『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』ということになる。ダウン症の主人公ザックを演じるザック=ゴッサーゲン自身も設定と重なるプロファイルを持っているのだが、これを助ける役回りのシャイア=ラブーフが撮影のさなかに起こした泥酔事件と勾留中の人種差別発言で作品そのものを危うくし、ザックに詫びた上でアル中の治療に取り組むことを誓ったという話を聞くと、ほとんど現実の延長にあった作品なんじゃないかという気すらする。復権のテーマが幾重にもなっていて、とてもいい物語なのである。

A GHOST STORY

2017年のA24スタジオ作品を今さら観たのだけれど、『A GHOST STORY』は諸行無常を映像にしたらこうなるというような映画で、佇まいそのものがかなり好き。ケイシー=アフレックのシーツの幽霊はただ画面にあって、世界の移ろいを可視化するこのアイディアはありそうでなかったし、映像的であると同時に詩的だと思うのである。

梨泰院クラス

夏の終わりになって『愛の不時着』ではなく『梨泰院クラス』から韓流ブームに参入し挙句、まんまとハマった。今から考えると韓流ドラマとしての約束事をかなり忠実に抑えた作劇ではあるのだけれど、パク=ソジュンのパク=セロイ、キム=ダミのチョ=イソというメインキャラクターの造形が秀逸で、おかげで全16話をひたすら消化するという悪癖が身についてしまったのである。

スタートアップ

一方、同じくNetflix配信の『スタートアップ』は第1週からリアルタイムで視聴して、2ヶ月に亘り追っかけをしたものである。過日、記述の通り、本作はキム=ソンホの演じるパク=ジピョンの気高い精神についての物語であってそれに尽きるという総括で、見た目通りに人柄もいいのですっかりファンとなってキム=ソンホの新作の配信を心待ちにしている。

サーヴァント ターナー家の子守

Apple製品のロイヤルユーザーであることは間違いないのでApple TV+はサービス開始から1年のお試し期間が設定されていたし、Apple Oneに登録した今となってはサブスクメニューの一部に組み込まれているのだが、いくつかのドキュメンタリーと『グレイハウンド』を単発で観たほか、ドラマシリーズとしては『フォー・オール・マンカインド』と、M=ナイト・シャマランが製作総指揮で監督もしている『サーヴァント ターナー家の子守』を通しで観たくらい。サービスコンテンツの厚みとしてはまだまだであることは間違いないのだが、Catalinaまではアプリの完成度も相当にヘボかったので、あまり観る気にもならなかったのである。Netflixがそうであるように、インターフェイスはサービスの重要な部分を占めている。

Apple TV+のコンテンツ方針としては量より質ということだと思うのだけれど、確かに『サーヴァント』は導入からしばらくに非凡な雰囲気のあるドラマで、しばし熱中したものである。既にシーズン2の制作は決まっているということだが、シャマランによるとシーズン6までの構想があって、しかしシーズン1のラストはアメリカ製TVシリーズの悪しきフォーマットを感じる流れで、全60話になるとしてこれに付き合おうということになるかは微妙。

ダッシュ&リリー

ロマンチック・コメディという由緒正しいジャンルの成果としては、これまたNetflixの『ダッシュ&リリー』を挙げておくべきだろう。8話構成、各25分という配信に最適化されたフォーマットをうまく使っているのにも感心した。クリスマスから新年の時期に観るべき題材で、同時にCOVID-19以前のロマンスで、この現実が戻ってくることがあればいいのだが。

クイーンズ・ギャンビット

今さら言うまでもなく、Netflixでのビューポイントの記録を更新したという『クイーンズ・ギャンビット』は極めて質の高いドラマで、『マインド・ハンター』と同様のクオリティで1960年代を描いているし『3月のライオン』か『ちはやふる』かという題材でもあって、個人的にも好きな要素しかない。もちろん、アニャ=テイラー・ジョイの存在感も収穫のひとつ。

コタキ兄弟と四苦八苦

こちらは野木亜紀子脚本に惹かれたクチではあるけれど、古舘寛治と滝藤賢一のダブル主演による『コタキ兄弟と四苦八苦』はドラマとして期待通りに面白くて、全11話を楽しみにしていたものである。思えば1-3月期がパンデミック前の日常の終わりでもあった。

MIU404

そして同じく野木亜紀子脚本の『MIU404』は、綾野剛と星野源のこれもダブル主演で、しかし感染確認の煽りをくらって放送開始が4月から6月末に延期となり、14回の予定も全11話となって、COVID-19の影響を大きく受けたのだけれど、東京オリンピックの延期さえドラマの中に取り込んで2020年の状況と切り離せない作品になったと思うのである。

映像研に手を出すな!

アニメでは『映像研に手を出すな!』を挙げる。浅草みどりを齋藤飛鳥が演じた実写ドラマの方は梅澤美波の金森さやかがあまりにもいいので思ったほどの惨事にはならなかったけれど、やはりCV 伊藤沙莉の浅草みどりの前に全ては霞む。アニメ制作を描いたアニメというメタ構造はもとより好物でしかないのだが、湯浅正明監督の作品では『四畳半神話大系』か『映像研には手を出すな!』かの二択といってもいいくらいの傑作で、比べると『日本沈没2020』は(略)

12人の優しい日本人 を読む会

感染拡大を受けた非常事態宣言がなければ存在することはなかったであろうオンラインでの読み合わせの前半後半をそれぞれきっちり視聴して、持ち寄りの機材とZoomのロゴの入った無料ミーティングでも舞台として十分、成立していることに感銘を受けたものである。

5月連休さなかの状況で行われたこういうぎりぎりの工夫には時代精神というようなものすら宿っていた気がしたのだけれど、当時を大幅に上回る感染状況となっている現在地で、経済回せの大号令に紛れ素知らぬ顔で日常が再開されているとすれば、なんだかずいぶん違う世界線に来てしまったような気すらするのである。

MacBook Air

M1のMacBook Airを使い始めてからかれこれ3週間くらい経つけれど、当方の使い方だと12” MacBookの処理速度でもさほど不満がなかったくらいなので、M1の恩恵を感じることができるかという妙な心配をしていたのである。

しかし、バッテリーの持ちはついに電源への接続を忘れさせるレベルに到達し、ひょっとするとタブレットよりも粘り腰なので、この点だけでもガジェットの使い方さえ変えている。

そしてグラフィックス強化の恩恵もわかりやすく、4Kのディスプレイだと等倍でなければ使い物にならなかった描写が擬似解像度でもぐりぐり動いて遅延を感じさせないので、そろそろ細かい字に不自由を感じるこちらとしては大変ありがたい。難をいえば外部ディスプレイを接続している時のスリープからの復帰に画面が崩れる不具合があって、それだけでなく外部ディスプレイがらみ挙動はイマイチの完成度なのだけれど、これはたぶん既知の問題となっているので、やがて修正されると思いたい。

全体としてコストパフォーマンスに優れた機体であることは間違いなく、従来同様、モノとしての作りもほとんど死角がないマシンだと思うのである。結局、最近はこればかり使っている。

不適応

コロナウイルス変異株の登場により、ワクチンによる集団免疫の獲得というこれまでの戦略は、感染力という観点でおよそ1.6倍困難になったということだと思うのだが、総理大臣はこれまでとやることが変わるわけではないというスタンスを示し、ハナからやる気がないことを隠さないという点で実に正直である。

オリンピックに無給の医師ボランティアを5,000人動員する必要があり、その点についての計画に変更なしとかいうニュースも流れてきて、これまたこのまま突き進むという話で、結局のところ現実に対応することなく破滅の淵に向かうこの国の宿痾は戦後が75年になろうと変わらない。

ハラリは人間とウイルスとの戦いは、情報伝達のスピードの圧倒的な違いによって最後は人間が勝つと断じていたけれど、情報にもとづいて適切な対応を取ることができない場合のシナリオを考慮していなかったようである。

ベビー・シッターズ・クラブ

Netflixもえげつない米国企業であることは間違いないだろうが、全方位に比較的、質の高い作品を作っていることは疑いなく、キッズ向けであろうと結構、面白い。『ベビー・シッターズ・クラブ』を観る。

1980年代から1990年代のヤングアダルト小説が原作のようだけれど、現代的にチューンされていて全体にバランスの良いドラマになっている。『ダッシュ&リリー』に続いて日系のキャラクターとその家族が配置されているのも見どころ。クラウディア=キシはオリジナル小説の人気キャラクターだということだけれど、ダイバーシティの設定では日系と韓国系あたりがエッジで中国系の影がふたたび薄くなった時間帯に我々はいる。

そして、もう、殺伐としていない、こういう長閑なのがいいよという感じになっているパンデミックの年の暮れ。東京は日曜日の感染確認での最多を更新し、市中でも変異株での感染があったことが判明したということである。つまり、先行きの予想は上振れを見込むべきということなのだが、現在の見通しでも十分に暗然とする状況になっている。

速度差

年末までに数億セットのワクチンの供給という見通しが語られていたこともあったけれど、規模としては到底、及ばないまま2020年は終わる。もちろん、最良シナリオが語られていたに違いないのだが、であれとすれば最良と現実の差について考えなければならぬ。

ワクチンというのは、つまり集団免疫の人為的な獲得であって、集団のレベルで考えれば感染の拡大を寸断する程度の規模が展開されていなければならないだろう。社会的にワクチンの効果が実感できるようになるには最短でも4、5年はかかるという見通しをワクチン学の教授が語ったというニュースがあって、こうした意見はやはり腑に落ちると思うのである。

東京は1日の感染確認が1,000人目前という暮れの状況だが、年が明ければ東京オリンピックの中止がアジェンダとなってくるに違いない。

後ろ向き

防疫において疑わしい患者や死亡者の全てを追跡して疫病の広がりを確認するのは「後ろ向き」の調査と言われているそうだけれど、いわゆるクラスターの追跡調査はこの系統の防疫活動であって、しかし最近の状況はこれを完遂することを許さないほどリソースが逼迫しているそうである。無理もない。

東京都では過去最高の888人の陽性確認がされた翌日、引き続いて884人を確認という状況でそれが可能であればむしろ驚く。結局のところクラスター調査が物量攻撃の前に無力だというのは夏前には分かっていたことなのだ。

現在の急激な感染の広がりが、単に指数関数的な増加なのか、いわゆる変異株の働きによるものなのか、いずれ遺伝子的な調査を踏まえないとわかるはずもないのだが、感染が速やかであればあるほど、感染力は高くなるように淘汰圧がかかるというのがものの道理で、人間の行動は1年にわたってこれをサポートしてきたのである。