それでも僕らは走り続ける

Netflixで配信の始まった『それでも僕らは走り続ける』を観る。このプラットフォームは学習の結果として、恐ろしく徹底的に韓国ドラマを推奨してくるので、こちらも見逃すヒマもなく配信初日から第1話を消化している。『梨泰院クラス』の読み方すら知らなかったのはつい数ヶ月前のことだが、今やこの有り様である。

そしてこの作品は『スタートアップ』と違いセカンドリードの葛藤もないであろう、わかりやすいロマンスみたいなのだけれど、イム=シワンの涼しげな顔がまず目をひく。かっこいい。キャラクターの設定もなかなかいい。

Ulysses

Macを主力にするとなれば、結局のところ慣れ親しんだ環境に戻るのが自然の摂理というわけで、一度は訣別したはずのUlyssesを再び購読してテキストを集積している。ほんの数ヶ月離れていただけなのだけれど、Bis Sur仕様のバージョン21はいろいろと手が入って細部が洗練されている。わかってたことではあるが、悪くない。

App Storeでアプリごとにプライバシー情報の扱いの開示が始まったので、これを参考にしている。順次、更新がされることになるにして、既に対応しているのは比較的に意識の高いベンダーということになるだろうけれど、それでも結構、参考にはなって、このあたりの取り組みはアプリの勢力図にも影響を与えることになりそうな気がする。

停止

どう考えても今さら、漸くという感じでGOTOキャンペーンの停止が伝えられ、これに反発する自民党内の声というニュースを重ね合わせると、どうやら旅行利権の一派がキャンペーン実現の褒美として菅首相を誕生させたという話にしかならないのだけれど、おそらく事実にほど近いと思わせる説得力がある。ここに動く金が兆の単位だ。ヤクザ者が国を恣にしているというようにしか見えないが、どうなのか。

そしてあらゆる記録を更新して感染確認が増え続けている現実にあって、GOTOと増加の関係を否定し続けてきた輩の言い草が、一時停止は因果関係がないことを証明するためというのだ。感染を抑制する気がないという理路となることについて支離滅裂というのは控えめな評価として、この表明自体が政権の薄気味悪さを端的にあらわしている。

ゴースト

引き続きRoam Researchを使っているのだけれど、これはメモというよりはテキストのデータベースで、多くのデータベースがそうであるように削除したデータは消えたように見えてフラグが立っているだけで残っていたりするので、例えば削除したGraphと同じ名前のGraphを作成すると、過去のデータが蘇ってきたりするので注意が要る。

この度はそんな感じに綺麗に削除したつもりで、いつの間にか過去データが復活しており、いくつかの記事は中身がごっちゃになっていたりするので、なるほどブロックリファレンスの機能を実装するのも簡単ではないと開発の苦労に思いを致したものである。やれやれ。

M1

いわゆるApple Siliconを搭載したMacBook Airをこのところ使っている。これまた現代のオーパーツと呼ばれるM1の異次元能力についてのレビューは既に数多く出て今や異論のない様子でさえあるのは周知の通り。

従来と同じ筐体に納められた臓物は素性からして全く別物であるにもかかわらず、同じように振る舞ってスピードがただ異様に速いというのだから、その印象は寄生獣と変わらない。Rossetaの時代と比べても、Appleのエンジニアリング能力の達した域はほとんど別世界で、まずBig SurがIntelとM1で同じように動作して選ぶところがないだけでも感心する。そしてRosetta2によるバイナリ変換に遅延を感じないというのも本当なのである。

ラップトップとしての作りのよさは従前から定評のあるところとして、このコストパフォーマンスが新たなメルクマークだとすれば、競合各社も途方に暮れているに違いない。

クイーンズ・ギャンビット

『クイーンズ・ギャンビット』を観る。Netflixで記録的なビューポイントとなっているドラマだけあって質が高く見応えがある。原作の小説どころか、チェスセットの売り上げさえ増えているという話で、啓蒙的にも大いに意味があるというものだが、『マインドハンター』と『ちはやふる』を好むこちらのような層にとっても見どころしかない。

アニャ=テイラー・ジョイの存在感は言うまでもないことだが、第1話の子役からして神がかっていると思うのである。そしてNetflixのドラマの多くがそうであるように、セクシズムやレイシズムを射程に入れた重層の物語でいろいろ素晴らしい。

愚行

この時勢であれば新作はないのではないかと油断して、先週の『ブラタモリ』を観ていなかったことに今さら気づく。170回にして初めて見逃すところだったけれど、オンラインで視聴して白川郷のあれこれを勉強する。よく見るとソーシャルディスタンシングに配慮した収録になっている様子ではある。

かつて専門家会議と呼ばれ、どうやら事態の矮小化のために分科会と改称された経緯からして既定路線ではあるものの、GOTOの停止を提言する専門家の意見を顧みることなくこれを否定しているニュースを眺めると、もちろんこれも前任者と同じ種類の輩ですべての国民のための政治家でないことは確かなのである。ネット番組に選択的に出演するという宰相が滑稽だという自己認識がないというのは、いったいどのような精神の構造に由来するものなのか。

このところの自粛効果により一定の抑制が効いているにもかかわらず、東京を中心に感染確認は最多を更新し続けている現状を踏まえれば、水位は急速に増してコントロール不能となる事態は遠くない。