この茫漠たる荒野で

『この茫漠たる荒野で』を観る。南北戦争後の変わりゆく時代を背景にしたロードムービーで、トム=ハンクスがインディアンに育てられた娘を、彼女の故郷に送り届ける旅をする。分断されたアメリカを舞台として、ポール=グリーングラス監督の現代的な演出で、各地をめぐりニュースを朗読することを生業とする男を主人公に据えて描く物語であれば、作品のテーマは容易に現在のアメリカと重なってメッセージの奥行きは深い。イーラス郡での物語のくだりは圧巻。

原作はポーレット=ジルズが2016年、トランプの就任した年に上梓した小説だが、ポール=グリーングラス自身も入っている脚本がまずよく出来ている。死んだと思われた男の復活のニュースが語られるラストは、もちろん死せる民主主義の復活を言祝ごうという趣向で、かつて『ショーン』が一時代の終わりの物語と解説されたのと対比をなして面白い。傑作であろう。

スペース・スウィーパーズ

Netflixで『スペース・スウィーパーズ』を観る。この作品に限らず韓国映画のすごいところは、既にある程度の型のあるジャンル映画を期待値通りにきっちり作ることができるところで、科学考証はどうでもいい感じだとしても、スペースオペラをそれほど違和感なくみせるプロダクションの力は既にハリウッドがやっていることとあまり変わらない。大したものである。脚本は盛り付けすぎというものだし、夢オチとさして変わらない破綻はあるとして、大きな問題であるようには思えない。

深夜、福島県沖を震源として、東日本大震災の余震と見られる地震が起きる。

Return to Forever

Chick CoreaとReturn to Foreverを聴き始めたのは島田荘司の著作を読んでのことだから、昔から影響を受けやすい性質なのだ。しかし、カツオドリが飛ぶ姿がジャケットになっている『Return to Forever』が10代の頃、一番聴き込んだCDであることは間違いなく『Light As a Feather』とあわせ隅々まで馴染みのあるアルバムで、もしかしたら血肉にさえなっている。

そのCheck Coreaが亡くなったというので、夜のしじまに1970年代の楽曲を聴いている。

可視化

本邦の問題を次々に可視化して、結局のところ行われることのないだろうTOKYO2020。どういう経緯で組織委員会の会長が決まったのかも明らかでないのに、失言で更迭という段にも透明性はまるでなく、後任にまたぞろ問題を起こしそうな老人を担ぎ出そうというのだから、国が傾いていくのも不思議はない。既得権益の毒が脳味噌に回っていない正気の人間はいないのか。まじで。

やっと『情熱大陸』の登大遊の回をみて、大学の研究室の延長にもみえるIPAやNTTでの活動の様子に感じ入っている。最近、いくつかのWeb記事を読んだのだけれど、ほとんどイメージ通りの人となりに見え、周囲が天才と口を揃えて言うのもわかる。

『累』を観る。原作は未読。土屋太鳳と芳根京子のダブル主演によるダークファンタジーで、漂う黄金期の少女漫画感が素晴らしい。絶賛されていた二人の演技は舞台演劇を題材にしたドラマを茶番にしていない。『サロメ』に重ねて進行していくクライマックスの構造も、役者の演技も大したものである。この困難な役を軽々と演じているけれど、土屋太鳳にとってもベストアクトといえるのではあるまいか。

8割

もともとファイザーとビオンテックのコロナワクチンは、ひと瓶で5回の接種ができるとされていたけれど、残量が少なくなる特殊な注射器を使うと6回接種が可能となって、貴重なワクチンがそれだけでも2割増の勘定となり、人類の知恵とは何と力強いものかという話だったのである。

本邦で確保したことになっている7,200万人分のファイザー製ワクチンは、これまで1本あたり6回の接種ができると自治体に説明されてきたが、肝心の注射器は普通のやつで、これだと5回にしかならないというのが発覚したそうだ、ところが。実際には6,000万人分というのが、この国の実力だったのである。

ベクトン・ディッキンソンが製造する特殊器具の増産対応が難しいことは2週間前にロイターが配信していて、まず、何を今さらということではあるのだが。一事が万事、このチグハグな体たらくでは、繊細な温度管理が必要なコールドチェーンオペレーションを完遂できる気がしないが、大丈夫なのか。

戦略

どうしてこれほど戦略という言葉が好きだったなのだろうかと言うくらい、世には戦略という言葉が氾濫しているけれど、リチャード=P・ルメルトの『良い戦略、悪い戦略』を読んで競争戦略と呼ばれるものを二分するために評価していく作業は結構楽しい。本邦のCOVID-19対応もそんなものがあるとして悪い戦略の部類に入るのは間違いないのだが、そうなってしまうのに込み入った理由はなく、シンプルな原理を透徹できないほどにアタマが悪いからということにどうやらなるので、いろいろ救いがない。