最悪の予感

マイケル=ルイス『最悪の予感 パンデミックとの戦い』を読む。アメリカ合衆国のCOVID-19感染拡大における対応は結果として優秀というわけにはいかないが、今あるを予見して準備をすすめていた人たちを通じその経緯をみることで、現在進行形の課題を浮き彫りにしようという本書の企図は高いレベルで達成されている。

2000年代にジョン=バリーが『グレート・インフルエンザ』で鳴らした警鐘を受けてブッシュ政権下でパンデミックの対応指針を策定し、CDCをはじめとする官僚システムに邪魔されながら苦闘する人たちの群像が語られるのだが、『マネー・ボール』の著者だけにもちろん書き振りも優れたものである。登場人物はおしなべてノンフィクションらしからぬキャラ立ちをもっている。第一部がいわば前日譚で、第二部以降ではCOVID-19への初期の対応と現時点につながる非常に新しい内容になっており、早川書房の翻訳出版の速度にも感心する。

政府が迅速に行える事柄はごく僅かしかなく、危機に直面した場合、あらかじめ持っているボタンしか押すことができないというのは全くその通りで、現下の本邦でこそ読むべき図書ではあるまいか。指数関数的な増加がまだ胎動でしかなくパンデミック全体の全体像は感染者数だけを手がかりとしてきわめて曖昧にしか把握できない状況で、「症状のある人だけを検査する」というのがCDCの初期の基準であったことも語られているのだが、この国ではいまだにその誤りすら正すことができずにいるのである。

結局のところ、もっとも避けるべきはチェンバレン的な宥和政策だということだろう。ウィズコロナといい、結果的に集団免疫をいまだに目指しているようにしか見えない本邦は、大局において手酷い敗北を喫することになる。なにしろ本書の内容が示唆するところを突き詰めると、デルタ株が登場した後の対応として望むべくは「封じ込め」ということになるからだ。