ブロードウェイとバスタブ

『ブロードウェイとバスタブ』を観る。アメリカの高度成長期、企業が競うように制作したけれど一般にはあまり知られていない企業ミュージカルを題材としたドキュメンタリー。華やかなブロードウェイの舞台と背中合わせに実在したショービジネスを紹介して、発見の驚きばかりでなく、そこに働いた人たちの人生にまで光をあてて奥行きのある話になっている。よく出来ているのである。

有名なコメディアンのデイヴィッド=レターマンのもとでスタッフライターを務めるコメディ作家のスティーブ=ヤングは、無趣味で仕事抜きの友人関係もない人間だったけれど、1960年代にさまざまな企業が制作したミュージカルのレコードに興味を持ち、その蒐集を始める。

かつてアメリカの大企業では、ブロードウェイのミュージカルを模したショーを制作する潮流が存在した。それは劇場で公演されるものではなく、営業部門の年次総会などで演じられ、存在が公表されることもなく、チケットや公演はもちろんなし。一方で『マイ・フェア・レディ』の制作費が45万ドルの時代に300万ドルもの予算が充当され、業界の人たちにとってはいわゆる美味しいビジネスでもあり、一流のスタッフもそこに名を連ねて、役者たちにとっては得難い勉強の機会にもなっていた。華やかな成長の時代、大企業がブロードウェイの才能の事実上のパトロンとなる仕組みで、年に数回出演するとニューヨークでの生活を賄うことができたという。歌詞は身も蓋もないものが多く、たとえばシリコンの歌は180もの用途を5分55秒の尺にすべて盛り込んだようなものだったけれど、それに一流の曲がついたわけである。

極北と目されるのが『Bathrooms are Coming!』で、アメリカン・スタンダード社が1960年代に制作し、洗面設備における革命の歌 “It’s Revolution”に始まってポール=リヴィアとサミュエル=アダムズが便器を求めデラウェア川を渡る歌が収録されたアルバムが残されているという。ヤングは、関係者へのインタビューを試み、当時の映像も入手することになる。このあたり、奇妙な情熱に感化されて、その発見には手に汗握るけれど、当人はあくまで落ち着いた話ぶりだったりするところが感動をさらに盛り上げる。この人柄は得難い。

そして、公然と評価されることは決してなかった企業ミュージカルの資料本をヤングが発行し、かつての再評価が行われるのを待っていたかのように関係者が物故していく終盤、自身の退職も重なってしんみりとしたところに、人生の賛歌となる本格ミュージカル風のクライマックスが用意されているのである。よく出来た構成で見どころが多い。高評価であるのも不思議はない出来栄えで大いに感心した。