ロシア国営放送でプラカードをもって反戦のメッセージを訴えたオフシャンニコヴァさんが「私の母は国営テレビのソロビヨフ氏を観ながら、プロパガンダ漬けのゾンビのようになってしまった」という。ロシアによるウクライナでの無差別な攻撃は続いているが、テレビがプロパガンダの道具として考えられているよりも有効なのはその通りとして、受像機の前にゾンビを量産する為政者の目論見は特にロシアに固有のものではないであろう。既に我々が見知っている通り。
Month: March 2022
移行期的混乱
この日、国内のCOVID-19対策は事業所での濃厚接触者特定を放棄して、高齢者施設などに限定する方針が示される。オミクロン株の潜伏期間の短さから、かねてこれを主張する一派があったとして、その実態は「コロナは風邪」として経済活動の強行を主張する者に重なるから、特に科学的な知見にもとづく決定でもなさそうだ。
いわゆるマンボウを打ち切ったこの地では以降、新規感染も増加に転じているのだが、21日に全国でまん延防止等重点措置が解除されれば、その後はよくわからないまま再拡大に向かうことになる。いくつかの国で実際に起きている流れの通り。その是非は時間が判定することになるだろうが、さしあたり病院の関係者が気の毒でならない。
ユニバーサルコントロール
macOS Montereyのバージョン12.3がリリースされたので早速インストールしてiPad Proの画面との間を行きつ戻りつし、新機能のユニバーサルコントロールを試してみる。その動作は違和感なく自然で、リリースの予定も遅れただけあって完成度のほうもそこそこ高いみたい。プライベートリレーと同じく、ベータ版の表記はあるけれど、そういえばプレイベートリレーも不具合を感じたことはほぼないのである。
ディスプレイの物理的な配置はシステム環境設定から記憶させるので、感覚としては外付けディスプレイと同じような感じ。iPadがスリープしているときはiPad側への遷移もできないみたいなので、普通といえば普通の動作なのである。ユースケースとしてはiPad側でYouTubeのクライアントだの、Twitterのクライアントだのを立ち上げておくことになろう。何しろ、スリープに入ってしまえば、ただの板である。
MacBook Proのキーボードを寝そべって叩きつつ、その横にiPad Proを置いておくと塩梅がいい。これこそ想定された使い方であろう。
白袴
NHKのニュースでCOVID-19の感染予防についてのコメントをしているのをたまに見かける識者が、自身もこの感染症に罹患して重症化していたという記事を読む。アレルギー体質でワクチンは接種していなかったというくだりに驚いたのだが、そういうひともいるのであろう。新規感染者はいつ再拡大してもおかしくないし、横浜在住の子供たちは最近もPCR検査をしていたりするから、このパンデミックはなお継続中で時々、日常を掠めていくのである。最近はBBCのニュースにデルタミクロンという言葉を聞くことも多いのが気がかり。
ザ・ネゴシエーション
『ザ・ネゴシエーション』を観る。ヒョンビンとソン=イェジンが『愛の不時着』の前に初めて共演した2018年のサスペンス映画で、ソン=イェジンがソウル市警の交渉人、ヒョンビンが犯人の役。やや長髪のヒョンビンを拝むことができるのでファンにはよいのではないだろうか。韓国ドラマを数多観ているにもかかわらず『愛の不時着』を完走していないこちらからは、特に言うこともないにして。
サスペンスとしては水準作で、ソン=イェジンはどうやら舶来帰りのネゴシエーターという設定だけれど、それを裏付ける細部の作り込みはやや甘く、プロフェッショナルな印象がないのは残念。ヒョンビンの活躍も今ひとつだけれど、これはオンラインでの交渉という設定が災いしていると思う。筋書きはジャンル映画にはよくあるもので、クライマックスには既視感すらあって以前、観たことがある映画を知らず楽しんでいるのではあるまいかと怯えたものである。
007 / ノー・タイム・トゥ・ダイ
『007 / ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観る。エンドクレジットの終わりに「JAMES BOND WILL RETURN」とあるけれど、ダニエル=クレイグの出演はこれで最後。COVID-19の影響で何度となく公開が延期され、もちろん劇場にも足を運ぶことなく今日に至るという見送り方にはちょっと忸怩たるものはある。2006年の『カジノ・ロワイヤル』は『007』の新しいスタンダードを確立し、歴代ではダニエル=クレイグがいちばんのボンドということに異論のない立場としては。
本作の始まりは『スペクター』と地続きで、ひと騒動あってからの本編は5年後。ヒロインは前作に引き続きレア=セドゥということだけれど、キューバのパートに登場する現地諜報員を演じるアナ=デ・アルマスは噂通りのカッコよさでスピンオフがあってもいい。この立ち回りの華やかさこそ『007』であろう。
アダム&アダム
東日本大震災から11年。
『アダム&アダム』を観る。12歳の少年アダムのもとに、2050年から未来の自分が訪ねてくる。『ターミネーター』ばりに未来の敵もついてくるのだけれど、SFではあっても徹頭徹尾ファミリー映画で、だいたいは家族の話。したがって、時間軸のあれこれは深く考えるだけ無駄というものだが、時間を遡行する12歳のアダムがマイケル=J・フォックスみたいなダウンベストを着ているあたりは気が利いている。
ライアン=レイノルズが40歳のアダムでゾーイ=サルダナがその妻、マーク=ラファロが父親の物理学者というわけで、結構な豪華キャストなのである。プロットは今ひとつ整理されていないのだけれど、家のセットが洒落てたり、全体に美術関係のあれこれが悪くないので観てしまう。