呪詛

『呪詛』を観る。台湾製のホラー映画で、本国ではヒットとなったらしい。POVスタイルの今どきの映画で、実際の事件をもとにしているという触れ込みだけれど、いや、さすがにそんなはずはないし、虫や集合体恐怖、人体損壊に類する生理的な嫌悪まで取り込んで、何かと企みの多い作品となっている。冒頭から動画による錯覚を使って観客をストーリーに参加させるアイディアは秀逸で、POVにしてもよく練られているのである。『リング』を想起させるところがあって、古き良きジャパニーズホラーの後継という感じで普通に怖い。

この日、今回は期日前投票を利用しなかったので、朝から投票所に出かけ、参議院選挙の投票を済ませる。投票率は前回よりもやや高い感じに推移しているようだけれど、この一票は必ずや国政を揺るがせるであろう。

THE BATMAN

『THE BATMAN』を観る。何度となくリブートされるバットマン。しかし、ロバート=パティンソンが演じる今回のカート=コバーン風のブルース=ウェインもなかなか悪くない。ゴッサムシティを舞台に連続的に起きる事件をゴードン警部補とともに追う『セブン』みたいな展開は、事件現場に佇むバットマンがシュールといえばシュールだけれど、ハードボイルドな世界観をよく構築していて見応えがある。

ボール=ダノが演じるリドラーという敵役の語彙はトランプを想起させ、当人が捕縛されたあとに扇動されたそのフォロワーが騒乱を画策するあたりをみれば、これもアメリカの分断をテーマとした映画には違いないのだが、ゴッサムシティの腐敗を題材にしたオーソドックスなストーリーに落とし込んでバットマンらしい物語になっている。ハイテクに助けられる部分もほどほどで、いろいろ好ましい。

ホアキン=フェニックスが演じているジョーカーと同じ世界線にある雰囲気だけれど、両者が似すぎているだけに、共演はないだろうという話には説得力がある。それどころか、この物語の続編があるとして、語るべき内容が何になるのか想像がつかない。

空気

参議院選挙を週末に控えたこの日、安倍元首相が応援演説に入った奈良で銃撃を受けて死亡する。昼前に速報で伝えられた直後から、搬送時には心肺停止という情報が添えられていた。午後には容疑者の実名が20年前の職歴とともに報道され、しかし同時に政治的な意見によるものではないという、その時点では明らかになっているはずのない見解までニュースになっていたことが、ざわざわと事件の特異性を感じさせる。

17時過ぎに死亡が確認され、海外のニュースはAssassinatedという言葉でこれを報じる。本邦の報道はこれを暗殺と言わないのだが、憲政史上最長の在任期間を務めた元総理大臣の暴力的な死をそう表現しないのは何故かと考えている。

意図の文脈が明らかになっておらず、歴史の審判を経ていないという感覚があるのかも知れない。それはある種の怯懦の裏返しだろう。行為とそれを為したものによる事件だということをきちんと語らなければ、悪人なら死んでもいいという空気がこの事件を起こしたという言説がまかり通ることになる。

ペンスでいきます

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の第3話を観る。ASDの主人公を据えたこの物語だが、事件の被告に同じ自閉スペクトラム症の男を置いて、ちょっと踏み込んだ描き方をしている。シリーズ構成としては、話のラストで意外な展開となり、ストーリーとしての面白さにもさらに期待は高まる。

どうでもいいことだが、劇中にペンスというペンギンのキャラクターが出てくるのだけれど、これは韓国で実際に人気があるものだと知って知識の幅を広げる。そういえば見覚えがあると思ったことである。してみると、この不思議なエピソードタイトルも「行け!ペンス」的な訳出をすべきものなのかも知れない。知らんけど。

七夕のこの日、7月7日に平仄を合わせるようにCOVID-19の第7波到来がコンセンサスとして語られる。8月には東京で1日5万人を超えるという波の大きさが予想されているけれど、冬夏にピークを作るこれまでの傾向からすると、実際にもそうなるだろう。重症化が少ないという一点をもって社会的な規制は行わない強行突破路線を進みそうな気がするが、ワクチンの効果が減退するなかで、どのような帳尻になるかは誰にもわかっていないはずである。

内戦

Rebuildを聴いていて、アリゾナでの公教育廃止の法案の話が少し出てきたのだけれど、一定の金と引き換えにアメリカ先住民の居住地から教育の機会をとり上げようという動きが、市民戦争当時の差別的な価値観を動機としているのはその通りだとして、いわゆるレッドステートで公教育破壊の継続的な取り組みが行われ、ほとんどそれに成功しつつあるのは伝統宗教の階級固定化の思想と資本主義の悪魔合体の結果だろうと改めて思う。結果として、教育の失敗はシステムとして完成し、分断は構造的に再生産されるだろう。

そして最近の最高裁判決が、連邦の役割を放棄することで伝統的な価値観の復活を目指し、各州の連邦からの離脱の具体的なプロトコルが定められていない以上、武力的な独立戦争がその解になるという「冗談」が語られていたけれど、最近、UCLAサンディエゴ校のバーバラ=ウォルターの指摘するアメリカ内戦の可能性の高まりの記事を読んだばかりだったので、とても笑うことはできなかったのである。

水曜日が消えた

『水曜日が消えた』を観る。『ハケンアニメ!』の吉野耕平監督の前作で、脚本も自ら書いている。中村倫也が主演で、その元同級生の役が石橋菜津美。曜日ごとに異なる人格が入れ替わりながら日々を過ごすという難しい設定だけれど、それなりに分かりやすく構成されていて、いろいろ悪くない。結局のところ主人公の内面で起こる事件を扱っているだけにもかかわらず、それなりの物語になっている。中村倫也の達者ぶりに頼ったようなところがあるけれど、石橋菜津美のちょっとした演技がまたいいのである。

この日、COVID-19の新規感染確認は東京で5,000人を超えて全国で起きつつある感染拡大の傾向を印象づける。最近は積極検査も行われていないという話を聞くけれど、沖縄や島根あたりの増加をみると第7波を形成するであろうBA.5の感染力はふたたび異次元の様相である。ここまで緩んでしまった状況では結局、見てみぬふりでやり過ごすということになりそうだが、疫学の原則に従い結果は惨憺たるものになるだろう。

情報と秩序

セザー=ヒダルゴの『情報と秩序』を読んでいる。原子から経済までを動かす根本原理を求めて、という副題の示す通り、宇宙創成のイメージとエントロピーから始まる話の枠組みは滅法大きく、情報の定義と言葉通りの起源に遡った議論はエキサイティングなものである。

時間は秩序から無秩序へと流れているのに、私たちの世界はどんどん複雑化しているように見える

まず、問い立てが見事なのだが、私たちの宇宙には過去も未来もなく、その瞬間その瞬間で計算される現在が存在するだけという時間観を導入する手つきも鮮やかである。面白い。