アノマリー

Kindleで早川書房のタイトルがセールになっていて、これを眺めているうちポチポチといくつかを買い求めてしまう。デジタルのライブラリには既にいわゆる積読が並んでいるにもかかわらず。本というよりは電子データの利用権に過ぎないこれらを、安いと思ってしまう心理と行動は行動経済学が予想する人間の不合理性として名前がついているに違いない。

で、エルヴェ=ル・テリエの『異常 【アノマリー】』を読み始めている。隅付き括弧がタイトルにあるのは珍しいと思うのだけれど、『L’Anomalie』という原題に異常を訳語として当てるのに躊躇があるのはわかる。アノマリーという言葉のWikipediaが言うように、アノマリーは評価というよりは現象であり、その原因が解明されたあともその現象を示して使われる時間軸をもち、よりインクルーシブであることで世界観のタテヨコを感じさせる含意があるみたい。日本語がアノマリーに相当する単語をもたないということ自体に意識的だという点で、この翻訳は信頼できる。

干魃

この日、気象庁の長期予報では11月ごろまで例年に比べて高温となる予想が出される。欧州委員会はヨーロッパが過去500年で最悪の旱魃に直面しており、農作物の収穫はもちろん、船舶輸送や水力発電が影響を受けると警告した。ウクライナでの戦争で、天然ガスの供給が制約され、農業生産も影響を受けている状況での気候変動である。この冬に向けてエネルギーの配給制が必要になるという心配があったが、旱魃による水力発電量の低下はそれに追い討ちをかけることになる。

中国でも長江水系での旱魃の影響で、四川省に始まった停電が流域の経済圏全体に拡大する見通しとなっていて、こちらも農産物だけでなく、蝟集する工場や上海を賄う水力発電が影響を受けることになる。ゼロコロナ政策による散発的なロックダウンと停電によって、グローバルサプライチェーンの寸断はさらに続くだろう。

従来の心配に加え、気候変動が構造的な歪みを拡大する傍証が積み上がることで、インフレ期待は否応なく亢進し、これを抑え込むために金融政策は引き締め方向に向かわざるを得ない。ドルにおいてもタカ派政策は継続されるだろうから、景気後退の谷はいよいよ深くなる。

茶番

内閣改造後の支持率が大幅に下がったことを示す世論調査が伝えられたこの日、自らもCOVID-19に感染した首相は軽症でオンラインでの公務を続けているというニュースが流れるが、添えられた写真は、官邸に設られたモニターに映る内閣総理大臣と、その前に立ち並ぶ記者団という珍妙なもので、どことなく弔問客の雰囲気がある。これが葬儀なら悼まなければならないのはジャーナリズムの死であろう。

記者クラブの実態を示し、政府がいうデジタルを活用するという言葉の空疎を表現しているという点において、写真そのものは痛烈な批判性を持っていることだけが救いだとして、その含意を見て見ぬふりというのが、この茶番の当事者の無惨でもある。

鳥の歌いまは絶え

ケイト=ウィルヘルムの『鳥の歌いまは絶え』を読んでいる。1976年に発表されたポストアポカリプス小説で、日本ではサンリオSF文庫から出版されていたけれど、叢書の終刊とともに入手困難となり近年、創元SF文庫で復刻されたもの。東京創元社はいい仕事をしているのである。

パンデミックも終わらないうちのウクライナ侵攻と気候変動の激化によって、最近の気分は終末っぽいのだけれど、この小説の冒頭、文明がなし崩しに滅びていく経緯は、今の状況にこそぴったりと合って、人類は、結局のところ『沈黙の春』と『成長の限界』によって見通された未来から逃れることはできないのではないか。

この日、岸田首相のコロナ感染が伝えられる。かなり以前からKF94マスクを常用していて、政治家のなかでも比較的に防疫意識の高いタイプとみていたのだが、この状況ではいつどこでウイルスに接することになっても不思議はないのである。このあと、永田町にも蔓延することになるとして、すでに思考停止の状況であれば、何か対策がとられることもないだろう。

サウンドトラック #1

『サウンドトラック #1』を観る。ハン=ソヒとパク=ヒョンシクの主演による2022年のドラマで、切なくもどかしい展開を引っ張るのだけれど、各話は50分弱の長さで4話完結なので許せる。男女の友情云々という題材である以上は、最後は収まるところに収まるとして、ある意味でハン=ソヒの演じるウンスの鈍感さによって物語が成立しているところをみると、『その年、私たちは』の脚本はやはりよく出来ていたと思うのである。この調子でいつもの16話構成であれば、付き合いきれないということになっていたに違いない。

盆休みを経て、COVID-19の新規感染拡大は帰省先で過去最高の人数を記録する事態になっている。この地方も県では3,000人を超える状況で、500人ほどで検査能力の限界かと疑っていた時分が懐かしい。ウイルスにとって行動規制のない初めての夏休みとなったこの盆の結果は、惨憺たるものというべきであろう。

円円のシャボン玉

世界各地で異常気象が常態化して、ヨーロッパでは昔の人々が川底に残したハンバーストーンがみえるという話も聞く。川底の石に”If you see me, cry”という意味の碑文が残されているという、それ自体は以前から知られているものとして、この夏の熱波のニュースと重ねると、取り返しのつかない気候変動の終末感が深まるというものである。

中国も記録的な猛暑と旱魃に見舞われているそうである。長江が干上がって水位が大きく下がり、川岸から地割れの続く写真を見る。これに対し、たばこ大のヨウ化銀ロッドを雲に打ち込んで人工的に雨を降らせる対策が講じられているという。ヨウ化銀による人工降雨実験の話は何十年も前から聞くけれど、1961年に統計をとり始めてから最長という64日にわたる熱波であれば、そもそも雲さえないというものではなかろうか。蟷螂の斧のスケールの大きさに、ちょっと劉慈欣の短編を思い出す。

第15話

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は第15話にしてミョンソク弁護士が入院して、これまでとは全く違う上司に戸惑う主人公という展開。普通だったら大団円に向けて降下態勢に入るところだと思うのだが、人間関係の変化を盛り込んでそれなりの効果を見せているあたり、脚本と構成はやはりよく練られているのである。面白い。

マイクロンテクノロジーの8月期決算からこっち、先行きの需要はやはりかなり軟調だろうとみているのだけれど、株式相場というのはそれ自体の振幅をもっていたりもするので、直線的に落ち込んでいくということにはならない。しかし、全てのリスクが下方に偏在している状況であれば、やはり時間の経過に従って現実の厳しさが見えてくるのではないか。