石子と羽男

『石子と羽男』の最終話を観る。夏クールのいちばんの収穫といえば、このドラマだったのではなかろうか。中村倫也と有村架純のバディは最高にかっこよかったけれど、搾取する側とされる側と社会の構造から正面から扱う物語が、我々にはもっと必要なのだと、しみじみ感じられることができる全編の構成がまず素晴らしい。ゴットシャルがいうように、物語は世界を滅ぼすことになるかもしれないが、本来の機能として共同体の倫理をアップデートすることができるはずなのである。

連休の日本列島に向けて、台風14号は勢力を増して北上し始める。猛烈な勢力にまで発達したようだけれど、列島を縦断するような進路が予想されている。

四畳半タイムマシンブルース

『四畳半タイムマシンブルース』のepisode 1を観る。劇場版の公開に先立って、Disney+では何回かに分けたエピソードとして配信をするみたい。監督は湯浅政明から夏目真悟に変わっているけれど、アニメーション制作はサイエンスSARU。CV 浅沼晋太郎の「私」の語りで進行する物語はイノタミナの『四畳半神話大系』をそのまま想起させるもので、アニメでもこのような続編を鑑賞することができようとは。あれから10年以上たっているのである、まったく驚くべきことに。

脚本は上田誠。込み入った話であるからには原作とほとんど同じ展開をなぞる。本編は第5話までの構成で、第6話は配信限定のオリジナルエピソードになるという。第1話は31分で、小津が時間を往還してタイムトラベルを確認するあたりまで。

すべて忘れてしまうから

Disney+オリジナルのドラマ『すべて忘れてしまうから』を観る。阿部寛がいつもの演技プランでミステリー小説を書く作家Mの役を演じ、馴染みのバーや喫茶店を舞台にしながら物語が進んでいく。第1話では、尾野真知子が演じるFの失踪が語られ、奇妙な姉として酒井美紀が出てきて「まさかと思うけれど、殺してないですよね?」と、エピソードタイトルになっているセリフを吐くのがハイライトだけれど、全体には導入にあたっての説明となっていて、どう転がっていくのかは予想がつかない。

まず、キャストの分厚さがディズニーの本気を感じさせるのだが、ノイズののった画面と、ちょっとした違和感を増幅させる演出は、どこか鈴木清順の映画を想起させて楽しい。突出したセンスのみが実現できるバランスが表出していると思うのである。30分程度の尺で毎週配信ということだから、しばらく観てみるつもり。

物価

この日発表されたアメリカの8月の消費者物価指数は、前年比8.3%と予想を超える結果となり、FRBの大幅な利上げ継続が株価にも織り込まれる。無論のこと、インフレ期待の亢進とそれがもたらす損失を抑え込むという決意にもとづいて、冷徹に利上げは実行されるであろう。

結局のところ、ドルを保有することがいちばんの利得を生む状況が現出して、富めるものはさらに富み、負債を抱えることのリスクが現実化することになる。景気は冷え込み、経済活動は停滞するだろう。

世界食糧計画は災害と戦争によって、来年は世界の人口を養う十分な食べ物が産出できない可能性を警告する。富の偏在と物流の不効率はその状況に拍車をかける。食料とエネルギーという不可欠な財の価格上昇は、低成長あるは景気後退下のインフレをもたらすことになる。

『鎌倉殿の13人』第36回「武士の鑑」の予告を観て、おおぅとなっている。このドラマとして重ねられてきた文脈が、畠山重忠の乱として伝えられる史実と交差する次回の悲劇性は全編でも屈指のものになるに違いないのだが、大往生を予感させるキービジュアルがそれを先取りする。

上総広常が謀殺されたその日、ぶえいと泣いて後の北条泰時が誕生したわけだが、畠山忠重の死の当日、北条政村が生まれることになる。物語はクライマックスに向かって加速していく。

再配置

東部ハリコフ州での大規模な反攻によってウクライナは要衝イジュームを奪還する。ロシア軍は総崩れというべき状況で、多数の装備が鹵獲される予想外の展開となっている様子だが、進行中の作戦のことだから、もちろん実際のことはわからない。ロシア大本営はドンバスの覇権強化に向けた再配置を表明して撤退を追認する。

ザポリッジャ原発は外部電源を全て喪失し、冷温停止に向け停止作業に入ったことが伝えられる。本邦では防衛費の増額を叫ぶ向きが、そのまま原発再開論者であることが多いけれど、現実をどう捉えているのか。いうまでもなく、原発施設はそのまま戦略上の足枷となり、ことによったら致命傷にさえなるだろう。

『鎌倉殿の13人』第35回は平賀朝雅と畠山の間にあったという確執に、北条政範の不可解な死を絡めた解釈が与えられて不穏なまま次回に続く。このあたりの話のつくり方はやはりうまい。

ジョイ

『ジョイ』を観る。ジェファー=ローレンスが実在の女性実業家を演じ、彼女が発明を事業として立ち上げようと奮闘する様子を描く。『世界にひとつのプレイブック』のデヴィッド=O・ラッセル監督が、ジェニファー=ローレンスとブラッドリー=クーパーを再び起用した映画。ジェニファー=ローレンスの雄弁な無表情を実にうまく撮っていると思うのである。

シングルマーザーのジョイが家族の世話に明け暮れ、男どもは勝手なことばかりしているのだけれど、ジョイがショットガンをぶっ放すシーンや、ほとんど囁くように言う”I can’t accept your answer.”と言うセリフのかっこよさにはシビれる。父親を演じているのがロバート=デ・ニーロで、冒険的な演出はジョイが生きているのが不思議の国であることを教える。尋常でなくタフな彼女は、しかし紛れもなく家父長制の抑圧の犠牲者であり、抵抗者なのである。それを意図的に描いているあたりがとてもいい。