『犬王』を観る。湯浅政明監督、野木亜紀子脚本、キャラクター原案は松本大洋という構えであれば、もちろん秀逸であるには違いない。原作は古川日出男の『平家物語 犬王の巻』だが、地の文で「この物語は、走る、疾る。」というその小説のスピードを表現して、動きのいいアニメーションとなっている。
平家が壇ノ浦で滅び、これを滅ぼした鎌倉の幕府も滅亡した南北朝の世の中。壇ノ浦の遺物さえ、既にあらかた失われた時代に平家の譚を拾って独自の平曲を語る犬王と、その犬王を語る友魚がやがて、平家物語の正本を覚一検校に定めさせ当世の清盛とならんとした足利義満によって異譚を禁じられる。
重層の構造をもち、時間を往還する込み入った話だけれど、脚本は無理なくこれを語って何となく腑に落ちる話になっている。『重盛』『腕塚』『鯨』『竜中将』と四つもの演目をロックミュージカル風に表現し切ったのは演出的にも偉業というべきだが、壇ノ浦で勝利を占った話を題材にした『鯨』をイルカではなく大型の鯨として表現しなければならなかったのは、ちょっと面白い。当世に鯨といえばクジラであるのは仕方がないというものだろう。