エンパイア・オブ・ライト

『エンパイア・オブ・ライト』を観る。個人的には超絶技巧の映画職人というイメージのあるサム=メンデス監督が『1917』に続き、自ら脚本を書いた作品で、1980年代初頭、サッチャー政権の成立と時期を同じくして人種差別が激化したイギリスを舞台として、海辺の映画館エンパイア劇場で働くヒラリーと、職場に新たに加わった黒人の青年スティーヴンの人生の交錯が描かれる。

サム=メンデスの精密なレイアウトと、ロジャー=ディーキンスの撮影による画面は、光と影が構成する絵画のような美しさで、ほぼ全編にわたり破綻なく続く。この映像の完成度と、映画的に意図の明快な演出、主演のオリヴィア=コールマンの演技によって、さすがサム=メンデスという完成度の映画になっている。一方、あまりにも明快なメッセージは誤読の余地さえ排除したものとみえ、好みは別れるのではなかろうか。何しろ開巻、エンパイア劇場のホールの銘には「FIND WHERE LIGHT IN DARKNESS LIES」とあって、その時点で何だかいろいろ了解されるのである。

MONDAYS / このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない

『MONDAYS / このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』を観る。タイムループ設定と映画の相性のよさは今さら言うまでもないけれど、きっちりフォーマットを守れば特に説明もなく事態が了解できるほどには観客の方も慣れていて、話は速やかにすすむ。

日本の産業構造の末端、クリエーションの下請け階層構造の最底辺にあろうかという弱小制作会社の職場を舞台にしているのが面白味で、繰り返しの状況を逆手にとって理不尽な仕事のクオリティがぐいぐい良くなっていくシークエンスは笑う。全体に練られた脚本で、細部が作り込まれ、ドラマとしてもよく出来ている。円井わん演じる主人公の吉川が元請けを訪問する場面、日常とループの境界を曖昧にしていくあたりも秀逸。画面の作り方も立派なもので、竹林亮監督の才気を感じる。面白い。

線は、僕を描く

この日、アメリカでファーストリパブリックバンクが破綻して公的管理下におかれる。資産はJPモルガン・チェース銀行に売却されるということだけれど、この規模の経営破綻を何ごともなかったかのようにやり過ごせるかといえば無論、そんなことはないであろう。

『線は、僕を描く』を観る。水墨画を題材にした同名小説の原作による小泉徳宏監督の映画で、主人公を横浜流星が演じている。何かと尖った役回りが多い気がするけれど、家族を失ったトラウマを持つ物静かな主人公を演じて違和感を感じさせない。意外と器量の大きな役者だと思うのである。清原果耶は安定の清原果耶で、それはそれで、もちろんいい。

『ちはやふる』の百人一首と同様、素材としての水墨画には、ほとんどの観客にあまり馴染みがないと思うのだが、一期一会の儚さと、つまるところ己が内面の表現であるということが何となく了解される話の運びはさすが。とはいえ、やたらとライブパフォーマンスを行なっている印象が、実際にもそうであるのかは、よくわからない。もしかしたら非常に異なる理解をしているのではないかという気がしなくもない。