サウルの息子

『サウルの息子』を観る。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所でゾンダーコマンドとして働かされているハンガリー系ユダヤ人の男を主人公としたハンガリーの映画で、ホロコースト映画としてのテーマそのものも、それを表現する技巧も練られたもので、かなり見応えがある。
描かれている出来事の時間軸はほぼ一昼夜とごく短い。35mmのカメラは主人公の背後から状況を追い、被写界深度の浅い画面には焦点の向こうに収容所の地獄絵図が虚ろに映り込む。時に主人公のクローズアップに固定される限定的な視界の一方での、耳を塞ぎたくなるような音響効果が本作の演出を大きく特徴づけており、その意図の奥行きは深い。極限の出来事を描き、セリフは最小限で説明は皆無でありながら、状況が自然と理解され、それだけではなく象徴的な意味合いさえ浮かび上がってくる脚本自体の完成度も極めて高い。傑作であろう。

春