有栖川有栖の新作『闇の喇叭』は太平洋戦争を経て北海道が共産化した平行宇宙を舞台としたミステリである。その世界構築は実に歴史上初の核実験であるトリニティ実験の「不発」に遡り、スターリンの心情まで描かれる全能視点から語られるので、歴史的文脈の分岐というよりは、どこか箱庭の建設に近い律儀さを感じさせるのだが、実際のところ本題は田舎の町で起きる殺人事件の顛末であり、構築の努力と題材のアンバランスが相当に異形の雰囲気を醸し出している。フーダニットと探偵に対する思い入れは相変わらずで、有栖川有栖らしいといえばこれは20年来変わっていないのだが、連作の一部としなければ収まりのつかない「つくり」であって、単独でのカタルシスはかなり限定的。
「史実」を書くのにどのようなスタイルを採用するかというのは小説にとってかなり大きなポイントであろう。『戦争の法』や『あ・じゃ・ぱん』も「分離独立史」を背景にしているが、それを現出させているのは「語り」であって「史実」の羅列ではないあたりがだいぶ異なる。