あとから振り返ったときに、あの日がこの国のひとつの曲がり角だったんだなと考えるような事態が、現在のところ土俵際で回避されている。関係者の皆さんにはただ、感謝を伝えたい。
国難という言葉に違和感のない状況にあって、日本人のもっともよい資質を伝える記事をいくつも読んだ。共同体とそれをつくる意識なり掟が何故、必要なのかということをその都度、考えた。弱者とは、わたしたちがいつ置かれても不思議のない立場なのである。必要なのはその原則に自覚的であることだけだ。
マスコミは総じてがんばっている印象がある。CMをキャンセルしているのはもちろん、日経新聞社の有料サイトが開放されていることにもすぐ気がついて感心した。UstreamでNHKも確認できたし、デジタル放送への移行を機に受像機を廃止しようと考えていたのを思い止まることにもしたのだが、福島第一原発の状況をフォローしていたその映像が、現在時刻を表示していたにもかかわらず15時半の爆発を捉えていないことに愕然とする。つまり、これはLIVEにあらず時差放送だったのであって、いったいどういう意図によるものなのか。実際、日本テレビだけがその瞬間を映していたのは何故なのか。