『ハンナ』を観る。ジョー=ライトという監督は、何というか、もう少し普通の人だと思って油断していたのである。それがこの年末にきて、この異色作だ。今年のベストは『ザ・タウン』あたりでいいじゃないかと思っていたのだが、それも考え直さなければならない。やたらと面白い。
冒頭、フィンランドの森の中で生きている親子、というあたりはスパイものとしては若干、ワイルドなところがあるとして、最近ではジョージ=クルーニーが同じような僻地で隠棲している場面から始まる『THE AMERICAN』という例もあることだし、世間相場からしても普通のアクション映画にみえる。
その印象はハンナが(何故か)捕らえられ、成り行きに従って脱走するあたりから変調してくるのだが、この微妙なズレの感覚から生じる効果は実に心地よい。演出上から生じる違和感を訝しんでいるうち、殺到する警備員がトランプの兵隊と二重写しにみえたときには、知れず感動したものである。
率直に言ってストーリー自体にはあまり意味がないし、エリック=バナもちょっとしたアクションを披露するだけといえば本当にそれだけだし、ちょっともったいないという気すらするのだが、スペードの女王の役回りであるケイト=ブランシェットは久々の怪演で存在感を放っている。してみるとトム=ホランダーはチシャ猫で、単純に見た目がそんな感じなのだが、このあたりの企みにも嬉しくなってしまう。
主人公のシアーシャ=ローナンは独特の風貌で、全編にわたり活躍していて立派。監督はこの人の魅力をよく引き出している。2011年の締め括りにして惜しくない格好良さといえる結末まで堪能して、この作品から受ける既視感の由来に思い至ったのだが、つまり鈴木清順監督の正系に連なるという感覚なのであり、気に入ったのも当然と納得したのである。