キルスティン=ダンストというのは悲劇の女優である。
『エリザベスタウン』のクレアは、映画史上に例を見ないほど女神的に前向きで優れた社会性を有している。何と言っても恋する乙女を描いてあれほど眩しい映画はない。『ウィンブルドン』やら『クレイジー / ビューティフル』でも、多少の起伏はあるにして、同じように「一途」なところのある女性を演じていて、萌える。
これらの映画に共通しているのは、男性側の主人公がドン底にあって、復権の道筋を辿りながら結局は恋もうまくいくという構造であり、キルスティン=ダンストが演じるヒロインには結果として「男を見る目がある前向きな女性」という属性が与えられている。
しんどいだろうなぁと勝手に心配するのである。
「困った時に力になってくれる一途な女性」という文脈に繰り返しおかれ、常にそのロールを求められるというのは、何だか悪夢みたいだと思うのである。これもまた、ミソジニーの一形態なのではあるまいか。
などと考えながら『エリザベスタウン』を久しぶりに観て、もちろんこうした妄想はこの映画の価値をいささかも減じるものではないのだが、気になって彼女の近況を調べてみると、この作品の少しあとに鬱病で休養していたらしくて、そういうこともあるだろうと思う。