『戦火の馬』を観る。イギリスに生まれ小作人の家で育てられることになったサラブレッドが、第一次世界大戦の始まりとともに戦地に送られ、過酷な運命を乗り越えていくのを、かかわる人々のエピソードを通して描いたスピルバーグの映画。原作は同名の児童文学だが未読。冒頭、舞台となるイギリスはデヴォン州の風景はあくまで美しく緩やかな傾斜を描き、次第に過酷となる戦場はモノトーンの世界だが、画面は克明に陰を映してやはり美しい。登場人物は敢えていうなら類型的な造形ではあるものの、役者はきちんとした仕事をしており、もう一方の主役というべき馬のジョージは作中、人々を魅了する雄々しい美しさによって生命の力と全ての善きものを象徴する。スピルバーグの演出は、いつもながら映画的な明快さを伴い、善きものがどのように損なわれ、そして守られたかを描いて、何百万頭もの馬が命を失うことになったという第一次世界大戦の史実に深い奥行きを与えている。全てのものが荒廃した前線の緩衝地帯で、幾ばくかの希望が育まれるとしたら、それはユーモアとお互いの理解によって他にないというクライマックスは映像的である以上に明確なメッセージを伝えて余韻を残している。もちろん、ここも泣き場のひとつだが、さらに大きく胸を打つのはジョージが黒馬のトップゾーンを庇い砲台を曳くシーンで、背景の壮大な俯瞰のイメージに震えているのか、傷つきつつある命の後ろ姿に涙するのか、判然としないなかで大仰角の砲撃と着弾シーンにつながるスペクタクルはスピルバーグ一流のものであって凄まじい。
人間の主人公アルバートが、ジョージとの別れを惜しむシーンで「犬じゃないんだぞ」と水を差される場面がちょっと面白くて、つまりこれはジョージの象徴性を示唆するシーンでもあるのだけれど、全編を通して理不尽に損なわれようとするその姿は、『古書の来歴』のあのフレーズを繰り返し思い出させて、やはり涙腺が緩む。
「大切にしてもらえるように祈っている。あたしたちに示した以上の思いやりを、あなたが得られますようにって」