『テイク・シェルター』を観る。主人公こそマイケル=シャノンだけれど、徐々に常軌を外れていくこの男の妻の役でまたしてもジェシカ=チャステインが出演しており、統合失調症が疑われる人物を演じさせたら並ぶものがないマイケル=シャノンの向こうを張って、夫を常識に繋ぎ止めようとする薄幸な役回りを熱演している。主人公の示している怖れや執着は、よくよく考えれば日常の範囲からそれほど逸脱しているわけではないにもかかわらず、尺が進むにつれてこちらの気持ちまでどんよりしてくるのはごく平凡な妻の存在が増幅装置として働いているからであり、主人公を庇護しようとしながら、同時に異常を告発する役回りで全体に説得力を与えている。基本的に優れた役者なのである。
全編からM・ナイト=シャマランの影響が強く窺われ、その作ではないかと確認したほどなのだが、監督は新進のジェフ=ニコルズで、以前にもマイケル=シャノンの映画を撮っているみたい。
嵐が到来する悪夢をみた主人公がシェルターの埋設を始め周囲が困惑するという筋書きからしてシャマラン風なのだけれど、その母は統合失調症を発症して以前から入院しているという設定によって、どちらかというと怪異よりは内面への恐怖が強く描かれている。いわゆるノアの箱舟の逸話と同じ構造をもちながら、焦点のあて方は実に現代風。
もちろん、311以降の日本であれば、主人公の焦燥をもたらす嵐に、地震や放射能汚染に重ねてみることが可能であり、というよりも大方の観客はそうした連想をするに違いなく、制作サイドが意図した以上に生じている奥行きが興味深い。想定を越えた危険は必ず到来し、その予感をすり潰すのが金銭を中心とするシステムであるという話は馴染みがあり過ぎて全くひとごとではない。