トスカーナ

『トスカーナ』を観る。デンマークで流行の名店を切り盛りする主人公のもとに、長く疎遠だった父親の死去と彼の遺したレストランについて連絡が来る。売却してしまうつもりでトスカーナを訪れた主人公は、この土地での思い出となっている女性と再会を果たし、やがて人生について考え始める。ごく短い紹介文だけでも既視感があるのだが、美しい南の土地で美味しいものを食べ、人生を見つめ直す系統の映画といえば、まぁ、そんな感じ。微妙にヨーロッパの風味が入っているとはいえ、シンプルなジャンル映画であるには違いない。

海の日のこの日、当地はさわやかな気候で雨も降らなかったのだけれど、日本各地では先週来、梅雨の戻りというべき雨が続いている。記録的短時間大雨情報も珍しくなくなった昨今だが、気温の上昇と同期して、以降はこれが常態となるのだ。

キャラクター

『キャラクター』を観る。『MASTERキートン』や『MONSTER』の原作を手がけた長崎尚志が脚本で『恋は雨上がりのように』の永井聡が監督を務めたスリラー。菅田将輝を主人公として、ちょっと豪華なキャストが名を連ねている。中村獅童と小栗旬の刑事のコンビがいい。

漫画家を夢見る主人公が事件の現場に居合わせてからのタイトルバックの不穏さが目を引くのだけれど、続く流れでは現場に入る中村獅童の刑事が不織布のヘアーキャップとマスクを着用して、細部に凝った世界観への期待が高まる。CM出身の永井聡監督のこのあたりの演出はさすがと思ったことである。小栗旬に「現実は地味」とメタなセリフを言わせる捜査側の作り込みは見どころのひとつで、テイ龍進が演じた脇役の先輩刑事が妙に有能だったりするキャラ立ちのバランスが絶妙。

連続一家惨殺事件という、そういえばあまりない題材を扱っていて、虚構にあわせて犯人が「仕上がって」いく事件そのものはいろいろグロテスクだとして、ぎりぎり見てしまうというあたりでうまく成立させている。SEKAI NO OWARIのFukaseが殺人犯にキャスティングされたのが話題になっていたけれど、そのフォロワーとなる辺見を演じたのが『家族ゲーム』の松田洋治だったことに驚く。久しぶり。

結末だけは黒沢清の映画みたいな感じだけれど、サイコな話にしてはわかりやすい構造がつくられていて、うまくまとまっている。面白い。

呪詛

『呪詛』を観る。台湾製のホラー映画で、本国ではヒットとなったらしい。POVスタイルの今どきの映画で、実際の事件をもとにしているという触れ込みだけれど、いや、さすがにそんなはずはないし、虫や集合体恐怖、人体損壊に類する生理的な嫌悪まで取り込んで、何かと企みの多い作品となっている。冒頭から動画による錯覚を使って観客をストーリーに参加させるアイディアは秀逸で、POVにしてもよく練られているのである。『リング』を想起させるところがあって、古き良きジャパニーズホラーの後継という感じで普通に怖い。

この日、今回は期日前投票を利用しなかったので、朝から投票所に出かけ、参議院選挙の投票を済ませる。投票率は前回よりもやや高い感じに推移しているようだけれど、この一票は必ずや国政を揺るがせるであろう。

THE BATMAN

『THE BATMAN』を観る。何度となくリブートされるバットマン。しかし、ロバート=パティンソンが演じる今回のカート=コバーン風のブルース=ウェインもなかなか悪くない。ゴッサムシティを舞台に連続的に起きる事件をゴードン警部補とともに追う『セブン』みたいな展開は、事件現場に佇むバットマンがシュールといえばシュールだけれど、ハードボイルドな世界観をよく構築していて見応えがある。

ボール=ダノが演じるリドラーという敵役の語彙はトランプを想起させ、当人が捕縛されたあとに扇動されたそのフォロワーが騒乱を画策するあたりをみれば、これもアメリカの分断をテーマとした映画には違いないのだが、ゴッサムシティの腐敗を題材にしたオーソドックスなストーリーに落とし込んでバットマンらしい物語になっている。ハイテクに助けられる部分もほどほどで、いろいろ好ましい。

ホアキン=フェニックスが演じているジョーカーと同じ世界線にある雰囲気だけれど、両者が似すぎているだけに、共演はないだろうという話には説得力がある。それどころか、この物語の続編があるとして、語るべき内容が何になるのか想像がつかない。

水曜日が消えた

『水曜日が消えた』を観る。『ハケンアニメ!』の吉野耕平監督の前作で、脚本も自ら書いている。中村倫也が主演で、その元同級生の役が石橋菜津美。曜日ごとに異なる人格が入れ替わりながら日々を過ごすという難しい設定だけれど、それなりに分かりやすく構成されていて、いろいろ悪くない。結局のところ主人公の内面で起こる事件を扱っているだけにもかかわらず、それなりの物語になっている。中村倫也の達者ぶりに頼ったようなところがあるけれど、石橋菜津美のちょっとした演技がまたいいのである。

この日、COVID-19の新規感染確認は東京で5,000人を超えて全国で起きつつある感染拡大の傾向を印象づける。最近は積極検査も行われていないという話を聞くけれど、沖縄や島根あたりの増加をみると第7波を形成するであろうBA.5の感染力はふたたび異次元の様相である。ここまで緩んでしまった状況では結局、見てみぬふりでやり過ごすということになりそうだが、疫学の原則に従い結果は惨憺たるものになるだろう。

地獄の花園

『地獄の花園』を観る。永野芽郁が世界観の説明をするタイトルバックまでの語りは面白いのだが、それだけといえばそれだけ。102分と比較的に短めの尺ではあるけれど、題材としてはコントのそれという気がするし、後半はカンフー映画となり結局のところ日常に回収されるところまで描いては、いったい何だったのかということになる。男女を二分した社会構造を風刺的に描いている今どきの映画なのに、どうやらジェンダーというものについて奥行きのある考えが何もないというというのは、かえって驚くべきことである。本邦の現在地についてのメルクマールにさえなるだろう。

この日、ロシア外務省のザハロフ広報官がイチゴを食べている奇妙な自撮り映像をポストし、これを伝えるニュースアカウントはとうに常軌を逸しているクレムリンの現在を心配する。

There is something seriously wrong with Moscow.

たしかに人間の壊れる過程を見ているようで、その映像には人を不安にさせる何かがある。

9人の翻訳家

『9人の翻訳家』を観る。ベストセラー小説の出版に向けて集められた翻訳家たちが地下のシェルターに軟禁されて作業を進めるうち、冒頭の10ページが流出する騒ぎが起こる。ダン=ブラウンの『インフェルノ』を訳出するときに秘密保持のため翻訳者を隔離したという話にインスパイアされたストーリーだということだけれど、サスペンスは商業主義への批判を横軸として編まれ、出版社のオーナーが際立った悪役として設定されている。アームストロングという役名は『オリエント急行殺人事件』から引いたものだろうが、誰かモデルがいるのだろうか。嫌われたものである。

物語は視るものの角度を変えながら真相を明らかにしていくタイプのミステリーで、練られたサスペンスとなっていて飽きない。只者ではなさそうなオーラの英語翻訳者を演じているアレックス=ロウザーも味わい深い雰囲気で、実はなかなかいないタイプではなかろうか。