平家物語

『平家物語』第9話のタイトルは『平家流るる』という流浪の印象で、平敦盛と熊谷直実のくだりがあって、全編のクライマックスも近い。「荒夷に名乗るような安い名はもっておらぬ」という感じの話になっていないのは現代的な演出というものだが、海へと追い詰められていく平家の一群というイメージには確かな世界観があって素晴らしい。これが演出の力というものだと思うのである。

クワイエット・プレイス 破られた沈黙

『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』を観る。冒頭、地球外の怪物が到来する以前のシーンにはジョン=クラシンスキーが登場し、実生活でもパートナーであるエミリー=ブラントと夫婦の日常が描かれるが、終末は速やかに到来してタイトルのあとは前作から地続きのサバイバルとなる。原題は『A Quiet Place: Part II』で、きちんとした続編なのである。

久しぶりにキリアン=マーフィーをみた気がするけれど、年なりの貫禄がついて以前とは雰囲気がちょっと違うみたい。何しろ見慣れない髭面だ。

それはともかく、SFというよりはホラーとして秀逸な設定で97分のコンパクトな尺にいろんな危機が用意されていて、ジョン=クラシンスキー監督の演出はキレがあり見応えがある。アボット家の子供たちが事実上の主演で、その熱演は素晴らしく、ひょっとすると『PART III』に続く。

ザック・スナイダーカット

『ジャスティス・リーグ』のオリジナルとしてファンに渇望され、幾多の曲折を経て世に出た『ザック・スナイダーカット』はやはり観てみたいと思っていたものの、242分という尺をみるといささか怯む。4時間である。もともと話が長いタイプではあるものの、6部構成にエピローグという話であれば、配信の1シーズンにしたほうが素直にみえるほどである。作品の出自そのものが多次元宇宙化しているし、以前観たはずのオリジナル劇場版の記憶も定かではないので、まずまるっきりの新作といっても納得するにやぶさかではないのだが。こういう話だったっけ?

この日もウクライナでの戦争は続いている。ロシアは主要都市のいくつかで、民間人の実質的な封じ込めを行った上で、退去していないからには民間人ではないというロジックでこれを攻撃対象に含める作戦を展開しようとしている。そのような合理化が許されるのかということであれば、チェチェンやシリアで実際に行われてきたことなのである。そうでありながらhumanitarian corridorsというのは、悪魔的な呼称であろう。

暗数殺人

『暗数殺人』を観る。連続殺人を仄めかしながら司法を嘲笑う容疑者をチュ=ジフン、その捜査を続ける刑事を『チェイサー』のキム=ユンソクが演じている。内に秘めた何かを感じさせながら、ほとんど感情を露わにしないこの刑事が実によく、その奥行きのある演技ゆえ、実話をもとにしたというこの話の登場人物の実在性を打ち消している。

まず実際には居そうにないので、どこまで脚色されているのか気になったわけである。そのあたりを措くと、練られた脚本と優れた役者の仕事ぶりによって上質な仕上がりの映画になっている。同じく捜査に人生を捧げて今は駐車場の係員となっている老人が、犯人の目論見を言い当てるくだりが妙に好き。

気象庁の人々

世の中は大変なことになっているけれど、淡々と『気象庁の人々』の最新話を観ている。タイトルの通りの群像劇でもあるのがいいし、職場の司令室感がやっぱり好ましい。制作はいつものスタジオドラゴンではないのだが、きっちりレベルの高いドラマになっている。このところでは第4話のトリッキーな構成がなかなかの見せ場だったのだが、何だかんだといって話が面白い。パク=ミニョンの困り顔で話を駆動しようという方針は相変わらずではあるものの。

COVID-19の国内感染は統計的に事態を把握することが難しくなって久しいけれど、この数日、重症者の増加はピークを打ったようにみえている。特に何もしていないということを考えると、感受性が高いグループがあらかた感染したということになるのだろうか。

パーム・スプリングス

『パーム・スプリングス』を観る。2020年のタイムループものの映画。カリフォルニアのパームスプリングスでの結婚式に参加した男ナイルズが、その一日を繰り返している。そのループに途中から加わることになったサラは時の輪から脱出しようとあがき、いったんは諦めるけれど、一念発起して量子宇宙の謎を解明して日常に復帰する方法を見つけ出す。無限に繰り返す時間があるなら、知力を極めることで状況を解決できるはずという前向きな世界観はたいしたものだが、タイムループものとしてのアイディアは水準レベル。どちらかというと人生を取り戻すという人間的な復権に関心のある物語なので、ループの謎や脱出方法に意味を求めてはいけないということであろう。他人の結婚式の1日を繰り返すという恐ろしい設定ではあるものの、アンディ=サムバーグとクリスティン=ミリオティがいいので観られる。

この日、プーチンがウクライナに宣戦を布告して、露軍は縦深にウクライナ各地を攻撃する。核攻撃力に言及して国際社会を威嚇しつつ、アメリカがかねて警告したように首都キエフの占領を目指しているようにみえる。ここまでの横紙破りを予測した者は少なかったが、おそらくはロシア内部からのリークによって、米国はこの帝国の意図をあらかじめ知っていたということだろう。政権転覆が当面の戦略目的ということになるはずだが、電撃的な作戦によってそれが可能であるかはよくわからない。何より、プーチンは歴史にどのような名を残すことを望んでいるのだろうか。

子供はわかってあげない

『子供はわかってあげない』を観る。主人公の朔田美波を上白石萌歌、門司くんを『町田くんの世界』の細田佳央太が演じた2021年の映画。同名のマンガが原作で、監督は沖田修一。もとは2020年に公開予定だったので、上白石萌歌の実年齢と近いところでの撮影だったと思うのだけれど、この美波が実によくて、当人10代のベストアクトではないか。沖田修一の長回しの画面で、マンガみたいなマンガのキャラクターを演じてリアルとしかいいようのない美波を定着させているのは、この役者の仕事なのである。

冒頭の劇中アニメからして結構な尺なので一体、何が始まるのかという感じだし、風鈴や蚊取り線香といった夏の記号もそれっぽく使われるわけでなく、そうめんの代わりにうどん、スイカの代わりにバナナという話なのだが、夏の一回性を感じさせる物語の何と尊いことか。

この日、ウクライナ侵攻がなければ実施されるはずだった米露首脳会談の予定がキャンセルされ、そのことによって事実上の侵攻が認定される。未だGOPの有力者であるトランプが、プーチンを天才と褒めそやしたうえで、独立派の国家認定を口実とした進駐と同じことを米国がメキシコで行うこともできると発言したことが伝えられる。バイデンの支持率が低調であることを考えれば、コレが再び大統領に返り咲いてもおかしくない世界線に我々はいるのである。いやはや。